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宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

2014年8月に読んだ本

読書 近況

 8月が終わっていよいよ現実と向き合わねばならぬ、といった感じですが、8月は大変好き勝手乱読したなというのが第一の実感。得るものはあったんかなーと自分でも疑問に思わなくもないわけなんですが、まあ、うん。何かの糧になるとは信じたいですね。twitter上で「お前歴史学の勉強してねーけど大丈夫か?」との温かいお言葉をいただいたことを忘れず、9月も寄り道に邁進しようと思います。はい。

 先月のはこちら。

2014年7月に読んだ本 - 宇宙、日本、練馬

 印象に残った本

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

 

  「お前、これも読んでなかったの?」シリーズ。はい、恥ずかしながら読んでませんでした。プラトンさんは学部一年のころの授業で『国家』を読んで以来、すげー苦手意識があって。しかしデリダ(の「プラトンパルマケイアー」)を読むためにはそもそもプラトンを読まんと話にならない。そこで『パイドロス』を読む前に肩慣らしとして読み始めたんですが、いやはや、2000年以上読み継がれているテキストは理由があるんだなと。

 ソクラテスの唱える「無知の知」のまさに劇薬とも言うべき効能とか、彼の言葉の鋭さ。『国家』じゃなくてこれをはじめに読んでたら、苦手意識もなかったんじゃねーかと。特に印象に残った一節がこれ。

否、諸君、死を脱れることは困難ではない、むしろ悪を脱れることこそ遥かに困難なのである、それは死よりも疾く駆けるのだから。

  ソクラテスさんかっけー。

 

読んだ本のまとめ

2014年8月の読書メーター
読んだ本の数:32冊
読んだページ数:7930ページ

 

モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)

モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)

 

 ■モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)

 冒頭の一篇「モオツァルト」に、批評という手法の真髄が端的にあらわれているのではないか。記録や手記から読み取れる事実なぞを一足飛びで飛び越して、その先にあるかもしれない真実を捕まえようと試みる。むしろ捕まえるというよりは、真実を作り出すといった方が正しいのかもしれない。「モオツァルト」におけるそれは、ひとつの解釈を超えて普遍的な真実たりえていると感じた。他の文章も、巧みなレトリックとそれに裏打ちされた洞察に唸ることしきり。和歌や日本画の教養がないので理解できているかは怪しいが、面白かった。

関連

小林秀雄「モアツァルト」と批評の真髄 モーツァルト、ジン=フリークス、平賀=キートン・太一 - 宇宙、日本、練馬

小林秀雄とROCKIN'ON―「モオツァルト」の罪について - 宇宙、日本、練馬

読了日:8月1日 著者:小林秀雄
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/39986960

 

子どもが減って何が悪いか! (ちくま新書)

子どもが減って何が悪いか! (ちくま新書)

 

 ■子どもが減って何が悪いか! (ちくま新書)

 「男女共同参画社会の実現が出生率の上昇につながる」とする主張の批判を通して、少子化に対してあるべき社会を構想する。男女共同参画社会の実現はなされるべきだが、それが少子化対策と結びつけて論じられることは欺瞞である、とするのが著者の基本的な立場。女性の社会進出と出生率の上昇とは結びつかないことを、統計を用いて説明する。出生率を上げて少子化を食い止めるよりも、少子社会において生じるであろう経済成長の鈍化、年金問題に関して公正な制度を設計するべきであるとする。

 山田昌弘のパラサイトシングル論の評価が印象的。経済状況と意識の連関を指摘したことでなく、「経済状況が変わる、にも関わらず意識は変わりにくい」というギャップを指摘したことにこそ、著者はその真価をみている。

 また、「男女共同参画社会の実現が出生率の上昇につながる」なんて主張している論者はいるのか?と疑問だったが8月中に読んだ本でまさにその論理展開と出くわし驚いた。
読了日:8月1日 著者:赤川学
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/39999479

 

「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ (文春新書)

「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ (文春新書)

 

 ■「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ (文春新書)

 「世の中のいわゆる社会調査は過半数がゴミである」として、そのゴミが作られる理由を暴くことでその見分け方を教授する。マスコミからアカデミズムまで、自らに都合良いデータの収集のために作為的にせよ不作為的にせよおおよそ現実とはかけ離れた結果を作り出そうとすることに対して鋭い批判をなげかける。その対策として、マスコミ、アカデミズム内部での相互監視制度まで提案していて驚く。厳密な調査か否かを見分けるのは本書を読むと存外簡単な気もしてくるが、日々実践するのはそう簡単じゃないとも。ともあれ名著とされるのも納得の面白さ。

読了日:8月2日 著者:谷岡一郎
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40004542

 

バナナと日本人―フィリピン農園と食卓のあいだ (岩波新書)

バナナと日本人―フィリピン農園と食卓のあいだ (岩波新書)

 

 ■バナナと日本人―フィリピン農園と食卓のあいだ (岩波新書)

 私たちが当たり前のように食べているバナナが、どのように栽培され、届けられるのかをフィリピンのミンダナオ島がバナナ栽培をはじめるに至る歴史的経緯を辿って説明し、資本主義経済の中で搾取される弱者への配慮の必要性を説く。戦前にアメリカや日本人が入植したりの経緯にも紙幅が割かれているが、最も印象的なのはバナナ栽培の現場で搾取される農民、労働者について扱った部分。甘い言葉に誘われてバナナ栽培を開始するも、その結果借金を背負って低賃金で土地に縛られ働く人々。グローバル化した経済の中の弱者のまさに典型だと感じた。

 私たちは豊かでかれらは貧しく、だから豊かな私たちがかれらに思いを及ぼすべきだというのではない。作るものと使うものが、たがいに相手への理解を視野に入れて、自分の立場を構築しないと、貧しさと豊かさの違いは-言いかえれば、かれらの孤立と私たちの自己満足の距離は、この断絶を利用している経済の仕組みを温存させるだけに終わるだろう。

読了日:8月4日 著者:鶴見良行
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40071555

 

大学受験のための小説講義 (ちくま新書)

大学受験のための小説講義 (ちくま新書)

 

 ■大学受験のための小説講義 (ちくま新書)

 大学受験の入試問題を解くことを通じて、「小説を読む」とはいかなる営みであるのかを提示する。取り上げられる小説に対する著者の解釈は、入試問題の裏にある学校的な価値観を暴くという姿勢が強く感じられ、それを読むだけでも単純に知的好奇心が満たされて面白かった。著者は物語と小説を区別する。「これからどうなる?」と展開を楽しむのが物語であり、「なぜか?」と細部を読み込むことを楽しむのが小説だという。小説というテキストから物語を取り出す、というのが解釈であり、それは一つの読みに収斂されるものではないとする。

読了日:8月5日 著者:石原千秋
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40102690

 

リアリティ・トランジット―情報消費社会の現在

リアリティ・トランジット―情報消費社会の現在

 

 ■リアリティ・トランジット―情報消費社会の現在

 主に同時代的な事象に言及した論考を収めた論文集。論文の内容としては、天皇やディズニーランドなどをメディア論、消費社会論から捉えたもの、オウム論、メキシコのサパティスタの反乱を扱ったもの、消費社会論の四種に分けられる。最も面白く読んだのはディズニーランドの分析。ディズニーランドそのものの構造、戦略に対する整理が簡潔になされており、かつ都市としてのディズニーランドを分析することで、「時間の関節が外れてしまった」消費社会のリアリティというか、そこで働く機制を捉えているのではないかと感じる。

関連

『機動警察パトレイバー the Movie』と「東京」の創造と破壊―ロマンチストとしての帆場暎一 - 宇宙、日本、練馬

 

読了日:8月6日 著者:吉見俊哉
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40115686

 

本はどう読むか (講談社現代新書)

本はどう読むか (講談社現代新書)

 

 ■本はどう読むか (講談社現代新書)

 読書に関するエッセイ。「面白い」と感じなければ無理して読まなくていい、という率直な主張が冒頭から展開され、読んでいて何と無く気持ちがいい。著者自身の経験を交えながら、本の買い方から始まりその読み方、洋書の読み方まで様々なトピックが触れられる。本は買って読め、買ってすぐに読まなくてもいいのだから、興味があるなら手に入らなくなる前に買っておけ、別に本を売るのは悪いことではない…などなど、著者のストレートな読書観が印象に残る本だった。
読了日:8月6日 著者:清水幾太郎
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40127325

 

論文の書き方 (岩波新書)

論文の書き方 (岩波新書)

 

 ■論文の書き方 (岩波新書)

 論文の書き方というよりは、文章一般(著者は知的散文と表現しているが)の書き方について、著者の考えるところを提示する。文章は短く、曖昧な接続詞を使うな、ありのままの文章よりも先達を模倣した方がいい…などなど、著者の主張は簡潔明快。それらの主張を自身の経験に照らして説明するのだけれども、その経験談も単純に読んでいて面白かった。読んだだけでは理解したとは言えない、それを自分の言葉で表現し直すことができてはじめて理解したと言えるのだ、というのはもっともだと思うが、耳が痛い限り。
読了日:8月7日 著者:清水幾太郎
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40141469

 

過去の克服: ヒトラー後のドイツ

過去の克服: ヒトラー後のドイツ

 

 ■過去の克服―ヒトラー後のドイツ

 東西ドイツの戦後史を、ナチズムの犯罪という過去とどう向き合ってきたのか、という観点から辿る。過去の克服という観点から描かれたひとつの通史として、これ以上なく整理されているように思う。今回は日本と同様敗戦国として戦後の歴史を歩んできた国としてドイツを捉え、その共通性、相違点などを考えながら読んだ。ドイツも日本と同様、歴史修正主義、反動的な思潮の盛り上がりなど、様々な問題を抱えているにしても、それに対抗する潮流が日本と比較すると強烈に存在感を放っているような印象。あくまで印象論だが。

 読書会で読んだので印象深い。
読了日:8月8日 著者:石田勇治
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40254752

 

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

 

 ■ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

 哲学書というよりはソクラテスその人の伝記というか、バイオグラフィーとして読んだ。ソクラテスの主張が今なお「正しい」と感じる一方で、その姿勢、実践が権威を掘り崩していくであろうことに恐怖を抱くのも、正直理解できる。ソクラテス自身が語るその実践は、ある人の知識の限界と驕りを暴露するようなものにも思えたから。とはいえ、死に相対してなお、自身の信ずるところを曲げない姿に、その貴さには大いに心を打たれて、読み継がれてきた理由がなんとなくわかるという気がする。
読了日:8月9日 著者:プラトン
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40187263

 

パイドロス (岩波文庫)

パイドロス (岩波文庫)

 

 ■パイドロス (岩波文庫)

 デリダプラトンパルマイケアー」を読む準備として。恋愛論を端緒として、弁論術批判が展開される。リュシアスの恋愛論批判にしても、弁論術批判にしても、その根拠となるのは真実在の観照を通して魂が真なるものを感得する的な、イデア論を論拠にしているように思われる。イデア論にはイマイチのれなかったけれども、弁論術批判自体はなんとなく納得させられてしまった。それは自分の中で弁論術=小手先のレトリックを弄するもの、みたいなイメージがあったからかもしれないけど。
読了日:8月10日 著者:プラトン
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40231658

 

はじめての言語ゲーム (講談社現代新書)

はじめての言語ゲーム (講談社現代新書)

 

 ■はじめての言語ゲーム (講談社現代新書)

 前半はウィトゲンシュタインの生涯と言語ゲームを中心としたその思想の概説、後半は言語ゲームという発想を通して社会的な事象を分析する。ウィトゲンシュタインの入門書の中では、文献学チックな鬼界、自身の哲学全開の永井のそれと比較するとより平易で、実際に分析の道具として言語ゲームを用いていることもあって一番わかった気になった。イスラーム、仏教、本居宣長など、著者の専門とする事柄を扱っている後半部分が特に面白く感じた。実践が規範に先立つ、という言語ゲームの発想の使い方がようやくぼんやりわかってきた気がする。

 これを読んで、ウィトゲンシュタインエスノメソドロジーなどの社会学の潮流との接点が何となくつかめた気になったけど、Twitterでその愚を指摘されたので僕はなんにも分かってないようです。
読了日:8月11日 著者:橋爪大三郎
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40242108

 

セカイ系とは何か (星海社文庫)

セカイ系とは何か (星海社文庫)

 

 ■セカイ系とは何か (星海社文庫)

 エヴァ以降のオタクカルチャーを、セカイ系というタームを軸に語る。著者はセカイ系の端緒をエヴァに置き、その時点では少年の自意識に焦点を当てたいわば「オタクの文学」的な性質があったとする。その後エヴァの流れを汲む作品群がセカイ系と名指されるうち、東の批評などの影響もあって「社会の不在」こそその特質である、というように読み替えられて斜陽になったところに、宇野の登場でまた論壇で語られるようになった、というのが著者の認識だろうか。宇野まで含めた批評とオタクカルチャーの流れの整理として優れた論考だと感じる。

 著者はセカイ系は大きな潮流としては終わった、と認識しているようだが、セカイ系的な物語を描きたいという欲望はまだまだあるような気がしないでもない。セカイ系という想像力を内破していくような物語類型というか。セカイ系といわゆる日常系との関連に関する言及も今ひとつと感じた。
読了日:8月11日 著者:前島賢
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40258182

 

 ■教養としての〈まんが・アニメ〉 講談社現代新書

 戦後のまんが、アニメの歴史を、代表的な人物と作品を取り出して語る。まんがを大塚が、アニメをササキバラがそれぞれ執筆。大塚のまんが論は、手塚治虫がぶち当たった、記号としての身体と生きて死ぬ身体との両義性、それに関連する成熟の困難さという「アトムの命題」を軸に全体像が組み上げられている感があるが、ササキバラのアニメ論はやや散漫な印象。しかしいわゆる古典とされるまんが、アニメの新規性やそのインパクトなどが過不足なく説明されており、かつまんが、アニメ評論のアンソロジー的な読み方もできるので面白く読めた。

 僕個人としては「アトムの命題」を軸にひとつの漫画史を提示している大塚のパートの方が「おもしろい」と感じたが、読書メーターの感想をみるにそうでない人もいるようだ。
読了日:8月13日 著者:大塚英志,ササキバラゴウ
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40294461

 

八月十五日の神話 終戦記念日のメディア学 ちくま新書 (544)

八月十五日の神話 終戦記念日のメディア学 ちくま新書 (544)

 

 ■八月十五日の神話 終戦記念日のメディア学 ちくま新書 (544)

 ポツダム宣言を受諾した8月14日でも降伏文書に調印した9月2日でもなく、なぜ玉音放送の8月15日が敗戦=終戦の日として広く認識されるに至ったのかを、メディアにおける終戦をめぐる語りを分析することで明らかにする。著者は、8・15=終戦の認識は、1955年を機にメディアにおいて広く語られるようになり、それを機に9・2における敗戦=占領の記憶から8・15における終戦=平和へと認識が変化する契機となったと指摘し、そのメディアの報道の在り方によって構築された「記憶の55年体制」と呼んでいる。

 佐藤氏がみずからのポジションだと自称する「メディア史」の面白さを存分に示し、そして何より、歴史学は「常識」とされているものが作り上げられていく過程を見事にとらえることが可能である、ということのこれ以上ない証明でもある本書は、まさしく名著だと思うんですが、これが絶版とは。信じられん。

 

追記

 増補版がちくま学芸文庫より出版されました。だからこちらは再版がかからなかったんですね。

増補 八月十五日の神話: 終戦記念日のメディア学 (ちくま学芸文庫)

読了日:8月15日 著者:佐藤卓己
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40350150

 

ブギーポップは笑わない (電撃文庫 (0231))

ブギーポップは笑わない (電撃文庫 (0231))

 

 ■ブギーポップは笑わない (電撃文庫 (0231))

 ある地方都市で起こる高校生の失踪事件、それの裏に潜む異形のもの、そして普通の高校生たちを描く青春群像劇。最初に読んだのは中学の時で、読み返すのは多分5年ぶり。

 この小説から物語を取り出すならば、「善意がセカイを救う物語」という感じになるんじゃないか。という感覚は以前読んだ時と変わらず。そういう意味ですごく「お行儀が良い」感じがするけれど、でも何故だか嫌な感じはしない。なんとなく不思議な懐かしさを感じる青春ものみたいなパートと、都市伝説的な殺人モンスターの話の絶妙なバランスがいい味を出していて、やっぱり未だに好きだなと思った。

 僕の記憶の限りでは、ブギーポップシリーズで「学校」という場を丁寧に描いてるのはこれだけなんじゃないかなー。上遠野さんの学校に対するすべては、この『ブギーポップは笑わない』に凝縮されているのかな、と思ったりした。あとタイトルの意味が序盤で早々に回収されるのが結構新鮮だった。それと表紙のオーラ半端ない。
読了日:8月15日 著者:上遠野浩平
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40354448

関連

amberfeb.hatenablog.com

 

 

 ■ブギーポップ・リターンズVSイマジネーター (Part 1) (電撃文庫 (0274))

 少年少女のボーイミーツガールと、その背後にうずまく謎の組織、そしてイマジネーターの野望。

 前作の学校を舞台にした青春もの、というモチーフは後景に退いている。それに代わって都市の中に跋扈する異能者たちの陰謀と、ラブストーリーが話の軸に。舞台としての学校は前作で書き切ってしまったのだろうか。飛鳥井やらスプーキーやら異能者が一般人を操って何事かを企む様子やら、章の頭にあるアフォリズムやらに中2マインドを刺激してきてむず痒くなった。そういう要素が前作より全面に展開している印象。そういうのがかつては凄くカッコイイと思っていたなと懐かしさを感じた。
読了日:8月15日 著者:上遠野浩平
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40357798

 

 ■ブギーポップ・リターンズVSイマジネーター (Part 2) (電撃文庫 (0275))

 人間は社会であったりとか、みえないもの不可避的に縛られ生きざるを得ない。しかし、それでも縛りきれない何事か、支配しきれない意思の力は存在して、それを自由と呼ぶんだろう。そんなテーマを、人を支配する異能者に翻弄される恋人というモチーフを通して描いたのがこの「vsイマジネーター」なんじゃないかと感じた。強力無比な支配への抵抗の縁として提示されるのが、愛の力、言い換えるなら関係性の力だと主張する。こっ恥ずかしくなるような主張を、ブギーポップという傍観者を通して冷めた目線で、しかし強く主張していてクール。

 「人を支配し、操る」という異能のものたちの能力が、物語のテーマと見事にリンクしていてイカしてる。こうでなくっちゃ。
読了日:8月15日 著者:上遠野浩平
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40362282

 

建築探偵の冒険〈東京篇〉 (ちくま文庫)

建築探偵の冒険〈東京篇〉 (ちくま文庫)

 

 ■建築探偵の冒険〈東京篇〉 (ちくま文庫)

 東京に存在する、明治から大正、昭和初期に建てられた洋風建築にまつわるエッセイ集。建物の歴史やら建築にまつわる雑学やらを軽妙な調子で書き連ねる筆致が魅力的で、何と無く近代建築についてわかった気になるし、街を歩いて建築探偵ごっこをしたくなってくる。エッセイのなかで特に印象的だったのは、建築家のパトロンとしての渋沢栄一を扱った「東京を私造したかった人の伝」。渋沢栄一の人生そのものを建築との関連から再構成しており、かつ渋沢と相争った三野村やら岩崎やら明治の実業家の群像が心に残っている。
読了日:8月18日 著者:藤森照信
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40437083

 

路上観察学入門 (ちくま文庫)

路上観察学入門 (ちくま文庫)

 

 ■路上観察学入門 (ちくま文庫)

 入門というよりは宣言の書である、と解説のとり・みきが述べる通り、路上観察学というジャンルを立ち上げんとした座談会と、路上観察にまつわるエッセイが収められている。座談会で語られているように、しょうもないことをあえて「学」の名のもとでやってみる面白さ、滑稽さは確かにあると思うが、それ以上に制度化されてダイナミズムを失っていってしまうんじゃなかろうか、とも思う。トマソンに関する論考を読むと。やはり赤瀬川やら一流の風流人の観察眼こそ、路上観察という営みの面白さを担保しているんじゃないかなーと感じた。

 極論を言ってしまえば、本書で語られるある種の「トマソンの探し方」のカタログ化をもって、芸術としてのトマソンは死んだのだと思う。その死の瞬間を克明にとらえているという意味では、時代を切り取った希有な本なのかもしれない。
読了日:8月19日 著者:赤瀬川原平藤森照信
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40462552

 

 

職業としての政治 (岩波文庫)

職業としての政治 (岩波文庫)

 

 ■職業としての政治 (岩波文庫)

 心情倫理責任倫理を対立するものとみるのではなく、両者を止揚した品位こそ政治を行うものに求められる、ということを主張しているのだろうか。英米独それぞれの政治の特徴なんかを述べた箇所などはなるほどと理解した気になったけれども、全体としてヴェーバーの主張したいことが掴めず。国家と暴力との分かち難い関係、伝統的支配、カリスマ的支配、合法的支配の三類型など、ヴェーバーの議論として援用されることの多い枠組みについて、彼自身の語るところを読んだ、というくらいの成果しか得られなかったので要再読。
読了日:8月19日 著者:マックスヴェーバー
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40475604

 

お姫様とジェンダー―アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門 (ちくま新書)

お姫様とジェンダー―アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門 (ちくま新書)

 

 ■お姫様とジェンダー―アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門 (ちくま新書)

 ディズニーのプリンセスストーリーの分析を通して、ジェンダー論的なものの見方とは何か、ということを示す。白雪姫やシンデレラなど、それぞれの作品へのジェンダー論的な批評のアンソロジーとして単純に面白い。著者の講義を受けた学生の感想をもとに論が展開されていて、かつ参考文献も挙げられているのは良い構成だなと感じる。シンデレラストーリーがいかに女性をある種の鋳型にはめ込もうとする意図に満ちているのか、また女性同士が足を引っ張りあう構造が示唆されている、などなどの観点が印象に残った。

 ただ、著者が「男女共同参画社会の実現が少子化対策に繋がる」という論理を用いている箇所があったのが気になった。赤川学氏による批判を踏まえると妥当性のある論理とは言えないように思う。また、あらゆるものを「性器の暗喩」と読むのはちょっと辟易する。ガラスの靴だったり紡錘だったり。あと最後にジェンダーの偏見を打ち破った好例として示される『エバー・アフター』って単に男女を反転させただけじゃね?と思っちゃう。それに意味がないとは言わないが、その実践はそんなに面白いだろうか。
読了日:8月20日 著者:若桑みどり
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40500908

 

 ■現代日本の感覚と思想 (講談社学術文庫)

 戦後日本の時代区分について述べた第1部と、論壇時評の第2部からなる。現実という語の反対語によって、1945年から60年ごろまでの理想の時代、60年から70年代前半までの夢の時代、そして、70年代中葉から90年代までの虚構の時代とする区分は様々なところで引用されたりするが、その初出がこの論考(のはず)。論壇時評は、30年の時を経た今読んでも得るものがあったような気がする。構造主義革命の意義などの思想史的な意味でも、問題に対する切り口なんかも。

関連

『機動警察パトレイバー2 the Movie』 〈虚構の都市〉を生きるというリアル - 宇宙、日本、練馬

読了日:8月22日 著者:見田宗介
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40539600

 

音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)

音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)

 

 ■音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)

 聴くための方法論ではなく、音楽一般を聴く=語るための心構えについて語られる。聴いた感想を「言葉にできない」のが素晴らしい音楽なのだ、という立場は、ロマン派と「音楽に国境はない」とする理念が奇妙な形で結びついたことから生じたのだと指摘する。著者は、音楽は言葉なのだ、という態度をとっており、語ることによってその楽しみは増大するのだと述べる。語る言葉を持つために必要なのはある種の型を知り、それを把握すること。中断するのを躊躇うほど没入して聴きいること、自分の感覚を信じること。それらが特に重要だと感じた。

 音楽を聴くことのみならず、芸術やポップカルチャーの楽しみ方の一例を知るための本としても好適だと思う。

自由闊達に語り合えれば合えるほど、やはり音楽は楽しい。聴く喜びはかなりの程度で、語り合える喜びに比例する。

読了日:8月23日 著者:岡田暁生
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40562944

 

今こそマルクスを読み返す (講談社現代新書)

今こそマルクスを読み返す (講談社現代新書)

 

 ■今こそマルクスを読み返す (講談社現代新書)

 マルクスの思想についての概説。人間の本質を「社会的諸関係の総体」とみるマルクスの思想の認識論的な新規性やら、資本家と労働者の関係の中で、後者が包摂され搾取される「賃金奴隷制」である、とする認識の説得性など読んでいて納得させられた。とはいえ、後半部分のマルクスが理想とした社会の在りようについての議論はイマイチ掴めず。共産圏がまさに崩壊している最中に書かれたものなのに、それへの論及もないし(別の著書で論じているようだが)。あと、自分の勉強不足でどこらへんが「廣松流」のマルクス観なのかわからず。

 廣松の物象化論の「新しさ」ってなんなんですかね。要勉強。
読了日:8月23日 著者:廣松渉
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40578978

 

ツキの法則―「賭け方」と「勝敗」の科学 (PHP新書)

ツキの法則―「賭け方」と「勝敗」の科学 (PHP新書)

 

 ■ツキの法則―「賭け方」と「勝敗」の科学 (PHP新書)

 ギャンブルの「必勝法」のウソを暴き、大負けせずに楽しむ方法を提示する。著者はツキとは「統計上のゆらぎ」にすぎないと喝破し、ギャンブルに必勝法はなく絶対に損をする、と説得的に説明する。ギャンブルを楽しむためには、そのゆらぎを利用することで心理的に大きな満足感を得られるようなプレイングが肝要と説いている。長時間プレイすること、同じ金額を賭け続けることはともかく、本命を狙い続けることで、より早く確実に負けてしまう、というのは結構驚いた。競馬やブラックジャックなど個別のゲームを例にした説明も面白く、満足感がある。
読了日:8月25日 著者:谷岡一郎
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40621500

 

近代性の構造 (講談社選書メチエ)

近代性の構造 (講談社選書メチエ)

 

 ■近代性の構造 (講談社選書メチエ)

 近代という時代の特徴を、思想史を中心にして、時間意識、機械論、自己規律、排除と差別などの観点から論じる。未来を先取りして現在に組み込み、計画を企てるという発想。それが自然や人間を捉える認識の枠組みとしての機械論的世界像や、市民社会という原理、労働の在り方と有機的に結びついたものとして、近代社会の特質を提示している。その近代の矛盾が表出したものが、68年の社会運動であるとして近代の限界も示しているが、単に近代を全否定するのではなく、すくい取るべき可能性の存在もあると示唆してもいる。
読了日:8月25日 著者:今村仁司
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40634305

 

 ■ギャンブルフィーヴァー―依存症と合法化論争 (中公新書)

 主にギャンブル依存症と、それに伴うギャンブルの社会的効用に関する議論について扱われている。アルコールや薬物と違い、ギャンブルは中毒になっても表面化しにくいため、取り返しがつかなくなる状態になってしまうことが多い、という話が印象的。著者は、社会におけるストレス解消の手段の多様性や、現状の公営ギャンブル控除率の高さなどの理由からカジノ合法化に賛成している。読んでいるとなるほど、と思ってしまうが、カジノ合法化はともかくとして、パチンコ店が乱立している現状を考えるとギャンブルそのものへの悪いイメージは拭えず。
読了日:8月26日 著者:谷岡一郎
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40656096

 

近代という教養―文学が背負った課題 (筑摩選書)

近代という教養―文学が背負った課題 (筑摩選書)

 

 ■近代という教養―文学が背負った課題 (筑摩選書)

 近代という時代を文学から捉えた論考をまとめたもの。著者は近代の基調を進化論的パラダイムであるとし、それに関連させて近代文学を論じている。近代という統一的なテーマはあるものの、物語における主人公、固有名、そして「女の謎」などさまざまな観点がとられているため、それぞれの論考の独立性が強い。著者の専門である夏目漱石を、観点に絡めて縦横に論じる手際が読んでいて単純に気持ちがよかった。最終章で論じられ、あとがきで予告された「女の謎がつくった近代」、みたいなテーマはイマイチしっくりこないが、出版されたら読みたいなー。
読了日:8月27日 著者:石原千秋
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40686789

 

じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書)

じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書)

 

 ■じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書)

 <わたしはだれ?>という問いに答えることの困難さについて、<わたし>というものの曖昧さを示すことによって論じる。著者の姿勢は、他者とのかかわりによってはじめて、<わたし>が<わたし>たりうる、というような感じか。他者によらず、あるいは特定の他者のみによりかかって、固定した<わたし>であることの危険性。むしろ<わたし>の可塑性を理解して、その曖昧さを引き受けて柔軟な<わたし>であるべきというのは納得。後半で触れられる顔の議論や、<わたし>と死の関係性の議論なんかも印象的。
読了日:8月28日 著者:鷲田清一
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40708720

 

群衆―モンスターの誕生 (ちくま新書)

群衆―モンスターの誕生 (ちくま新書)

 

 ■群衆―モンスターの誕生 (ちくま新書)

 近代という時代を群衆という現象、傾向から捉える。近代以前にも危機的状況に対応する形で群衆は存在していたが、それは局所的だった。近代的群衆は全般化し、近代社会は群衆社会なのである、というのが著者の主張。群衆が全般化した理由として、資本主義経済の進展との相互依存的な関係を指摘している。そうした群衆について、主に20世紀初頭以前の思想家たちがどう捉えていたのかというのとを主題にしている。マルクスニーチェには特に頁が割かれ、群衆という視点から二人の著作や『フランケンシュタイン』を取り上げていたのが面白かった。
読了日:8月30日 著者:今村仁司
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40774035

 

■時間と習俗の社会史―生きられたフランス近代へ (ちくま学芸文庫)

 第一部で時間を、第二部で習俗を、それぞれ19世紀フランスを主な対象として論じる。第一部で中心となるのは、時計の発明、普及によって時間の感覚が如何に変容したのか、ということ。産業資本主義の進展と合わせて、「機械の時間」が浸透したという基本線はあるものの、農村などでは日の出日の入りに合わせた生活が行われていたことを示し、感覚の変容は一様ではなかったことに注意を喚起する。第二部は一年間の年中行事が主な主題。第一部と比べるとよりエッセイ風な印象を受けた。読みやすく歴史的なものの見方の面白さもあるいい本だと思う。
読了日:8月31日 著者:福井憲彦
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/40802303

 

来月のはこちら。


2014年9月に読んだ本 - 宇宙、日本、練馬

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