先日Twitterで地元に関する思いをぶちまけていたところ、青山景『ストロボライト』とTARGO『DON'T TRUST OVER THIRTY』は読むべきです!とおすすめいただいたので、さっそくamazonでぽちって届くのを心待ちにしていたんですが、今日前者が届いたので読みました。心揺さぶられました。以下ネタバレ全開で感想。
「過去の自分」を救えるのは「現在の自分」しかいない
夜行列車で何処かに向かう男、浜崎正の描写から、この物語は始まる*1。正が、大学時代に町田ミカという女性と出会ったことを回想しはじめることで話が動き出し、その淡い回想をメインとして、時たま現在列車に乗る正の視点に戻りつつ展開は進行する。大学時代のあまーい恋愛模様を読んでいるだけでも相当にダメージを受けることになったんですが、いわばそれはほんの表面上のことにすぎなくて。
最終的に、その回想をまさに主人公、浜崎正が「書きこんでいる」という構造が明らかになる。いや回想どころか、現在の車中の様子、車内で現在の恋人と交わす会話でさえも、正によって「書かれた」ものであることが仄めかされる。かつて破滅的な結末を迎えた恋人との関係、それに決着をつけるために列車に乗り込み、そして物語を書く。回想はまさしく主人公によって語られた「ライフ・ストーリー」に他ならなかったのである。
『二十歳の春から始まる浜崎正の青春の物語』は、今現在あなたによって書かれているわけでしょう?
だから、「現在」のあなたが書いて初めて、「過去」の「二十歳の浜崎正」は存在し始める。そして過去の物語が存在して初めて「現在のあなた」も、その存在の起源を得る。
書くことで過去と現在が相互に基礎づけあい同時に生成してきたこの過程も、けれどそろそろおしまいのようね―
じきに語られる自分に語る自分が追いつかれ、重なる時が来る―
私の役目も終わりね―
そして書くという精神的な旅を終えた主人公は、こう独白する。
ここまできてようやく僕は
別れてから七年経ってはじめて
町田ミカと出会い直せたんだと思う。
書くことによって、因果の糸が解きほぐされ、そして正はみずからの手で己の決定的な過ちを書きこむことによって、その過ちをようやく理解することができた。かつては映画のヒロインという色眼鏡を通してしか町田ミカという女性をみていなかったという事実が、己の青春時代を回想し、それを秩序だてて書くという行為によって発見された、いや生じるにいたった。
作中で教授との会話という形をとって、間テキスト性の概念が語られる。その例として「林真理子が清少納言に影響を与える」ようなことであると示され、「テキスト間においては時間は直線ではなく、後から来ていたものが先に来ていたものの原因になる」と説明されるが、これがそのまま正のことにも当てはまる。
原因が結果を作るのではなくて、むしろ結果が原因を作る。結果が生じなければ原因は原因として認知されることがないからだ。正は自身が振られた、という結果から、逆算して、自身の学生時代を再構成し、「振られた」という結果につながる因果関係を跡付けた。この因果関係の構成を通して初めて、「自分は映画の中のヒロインに恋していた」という真実に辿りついたのである。
こうして主人公は、「書くこと」によって自身の青春を意味づけて清算し、ヒロインと「出会い直」すことができるまでになったのである。この物語を書く前に、主人公がどのように青春を意味づけていたのか、それはわからない。主人公によって書かれたものを通してしか、読者はそれを知ることができないのだから。とはいえ、僕はそれが明るいものだったとは決して思わない。人生に影を落とす説明不能な蹉跌として、それは彼の記憶に書きこまれていたのではないか。説明不能なものを説明可能なものとして消化するためには、事実を取り出し、因果関係を読み解き、そして書くこと。そのことがまさに必要だった。説明不能なものを、説明しようとする闘いこそ、『二十歳の春から始まる浜崎正の青春の物語』を書く浜崎正を通して青山景が書きこんだものじゃなかろうか。
救われるために語らなければならない
というわけで、『ストロボライト』は書くことの意味を力強く謳いあげた作品だと思ったんですね。それを考えると、自分のことを書くこと=語ることには一定の意味があるんじゃねーかと。僕の人生には浜崎君のようなドラマチックな恋愛なんてなかったけれど。
僕にとって目下の問題は何かって考えてまず思い浮かぶのは、やっぱり地元のことなんですよね。それはTwitterで散々呟いてるし、こんな文章も書くくらいだから。
「地元」に呪われる若者たち―『STAR DRIVER 輝きのタクト』と『氷菓』 - 宇宙、日本、練馬
劇的なことなどなにもなかった自分の人生で唯一劇的になりうる契機が、「上京」だから、ことさらにそれを悩んでるようなそぶりを見せることで、自分の人生に劇的な契機を持ち込みたいがゆえに、地元との関係で悩んでいる風にふるまっているんじゃねーか、とかふと思ったりもするんですよね。それってすごく陳腐だし、あんまり拘泥するのもよくないんじゃないかとか考えたり。
でも『ストロボライト』を読んで、それもいいんじゃねーかと。俺の人生を救えるのは多分俺だけなんだから、俺が救おうとしないでどうすると。救うためには、なんとかして語ろうとしなければならない。俺は絵も描けないし小説も書けない。でもなんとか文章を書くことはできる。そのことで自分が救われると信じて、これからもこのブログなりTwitterなりで書くことを続けていこうかなと思ったりしたのでした。
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*1:いや、最初の頁に書き込まれているのは架空の映画のパッケージだけれども。