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宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

「橋と扉」の希望と絶望――米澤穂信『さよなら妖精』とエミール・クストリッツァ『SUPER 8』に関する雑感

 

  米澤穂信さんの『さよなら妖精』を読んでから、同作で重要な役割を果たす旧ユーゴスラヴィア出身の映画監督・ミュージシャンのエミール・クストリッツァの作品との関連をうだうだ考えていたりしたのですが、なんとなく書き留めておきたいことがあったので、簡単にまとめておこうと思います。

 「橋と扉」と『さよなら妖精

 上で述べた記事で詳しく書いたのですが、『さよなら妖精』は他者との決定的な隔絶を前に人が打ちのめされるお話だと僕は思っていてですね。さながら、ゲオルグジンメルが「橋と扉」に託した希望に、あくまで絶望をつきつけるような物語になっていると。

そして、同じように人間は境界を知らない境界的存在だ。扉を閉ざして家に引きこもるということは、たしかに自然的存在のとぎれることのない一体性のなかから、ある部分を切り取ることを意味している。たしかに、扉によって形のない境界はひとつの形態となったが、しかし同時にこの境界は、扉の可動性が象徴しているもの、すなわちこの境界を超えて、いつでも好きなときに自由な世界へとはばたいていけるという可能性によってはじめて、その意味と尊厳を得るのだ

 形式社会学としてでなく、エッセイとしてこの「橋と扉」の最後の文章をながめるならば、それは「橋と扉」を断絶としてみるのではなく、あくまでそれを超えて、自由な移動が可能であるものとして、その可能性に祈りを託しているようにも思える。

 しかし『さよなら妖精』が提示する「橋と扉」の像は、そうした希望の祈りに絶望の現実をつきつける。

「Necu nikada zaboraviti Vasu ljubaznost. Hvala i dovidenja!」

 マーヤは藤柴を去った。

 それを、別世界の扉が閉じたと表現するのは、ロマンティシズムが過ぎるだろうか?

  こうして、扉は閉じられる。また、作中で何度も舞台として現れ、そして言及される「橋」は、マーヤの出身地がボスニア・ヘルツェゴヴィナサラエヴォであることを推察するための手がかりの一つとして機能する。そのサラエヴォの橋が内戦のなかで破壊されたという事実は、偶然とは言い難い。

 「橋と扉」は可動性を象徴するものかもしれない。しかし扉がはっきりと閉じられ、橋がいとも容易く破壊されてしまう、そんなことは全然ありうる。そんな絶望に向き合うことから、私たちは始めなければならない。絶望の中に生きざるを得ない人間へ、それでも生きていけということこそが、『さよなら妖精』の結末が示すものだと僕は思う。

 

「美しく燃え」た街の中で―『SUPER 8』の希望の祈り

 ボスニア・ヘルツェゴヴィナをめぐる内戦は、旧ユーゴスラヴィア諸国をめぐる混迷のはじまりにすぎなかった。ボスニア・ヘルツェゴヴィナが独立し、セルビアモンテネグロにより構成されるユーゴスラビア連邦共和国が成立したが、そこでも少数民族が居住するコソボを中心に争いの火種は残っていた。セルビア人の軍事勢力による虐殺行為をきっかけとして紛争は激化し、NATOの軍事介入を招く。1999年の3月24日から6月11日まで続いたNATOの爆撃は、セルビアの国土と人々を大きく荒廃させた。

 NATO空爆によって橋が破壊されたその現実の街を、実際に写し取ったドキュメンタリー映画がある。それがエミール・クストリッツァ監督の『SUPER 8』だ。

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 映画自体は旧ユーゴの苦悩とかを直接に描いたものではなく、クストリッツァ監督がリーダー(?)を務めるバンド、エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラのヨーロッパツアーを中心に構成されている。もちろんクストリッツァ監督の他の作品同様、旧ユーゴスラヴィアへの憧憬であったり、国を失った人間たちの哀切なんかが時折顔をのぞかせはする。しかしそれは前景にでてくることはない。ラストシーンまでは。

 ラストシーン、NATO空爆によって破壊された街が舞台として現れる。橋が破壊された川を、アコーディオンを引きながら船で男が悠然とわたってゆく。

NATO空爆で橋が破壊され 船で渡る

この国は時間にルーズなので 小さなボートで渡るのが早い

風や雨が打ちつけるとき 暇つぶしにアコーディオンを弾く

人生は美しいと自分に言い聞かせるために

  このナレーションによって映画は締めくくられ、男のアコーディオンの音色が流れる中でエンドクレジットが流れる。このシーンに、「橋」が破壊されてもなお折れない移動への意志を読み取るのは、読み込みすぎだろうか。橋が破壊されたなら、船でわたりゃいいじゃねーか。絶望の中でもそれでも生きる人間たちの生きざまを、これ以上なく映すこのシーンこそ、絶望のなかにある『さよなら妖精』の主人公、守屋路行が辿りつくべきひとつの答えなんじゃねーかな、とか思ったりしたのでした。

 

 

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