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宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

整然とした長い一日――『日本のいちばん長い日』(2015年版)感想

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 『日本のいちばん長い日』をみました。戦後70年を意識しての企画だったんだろうなと推察しますが、あの傑作の名に恥じないものにするのだという気迫が画面から伝わってくるような映画だったように思います。以下で感想を。ネタバレが含まれます。どうしても1967年版との比較が多くなってしまうような気がしますのでご留意ください。

 整然とした「いちばん長い日」

 まずそもそも確認しておかなければならないのは、原作を同じくしつつも2015年版と1967年版はまったく異なる映画となっている、ということ。扱う出来事や人物造形は、一部の重要人物を除いてほぼ同様だが、両者の印象は驚くほど異なる。

 67年版が焦点をあてたのは、1945年8月14日から15日正午にかけての出来事だが、15年版は3部構成で、1945年4月の鈴木貫太郎内閣の組閣から、聖断を経て玉音放送が流れるまでを扱う。終着点は同じだが、時間の流れが大きく異なり、ゆえに全体の印象もまったく異なる。67年版の「いちばん長い日」は、まさしく「いちばん長い日」という感じであったけれども、15年版はむしろそれに至るまでの描写に時間を割いて差別化を図っているように感じられた。だから67年版には登場しない東条英機なんかが登場し、逆に厚木基地司令の小園安名大佐なんかは写されない。そして残念ながらというべきか、67年版の真の主役といってもいい狂気の男、佐々木武雄の出番もほとんどない。

 そして15年版は、明確に主軸となる人物を設定して、その周囲の出来事を丹念に描いている。67年版は、阿南(三船敏郎)や、畑中少佐(黒沢年夫)、佐々木武雄(天本英世)などクローズアップされる人物はいるものの、全体としての主役という感じではなく、状況そのものが主役である、というような印象だった。強いてあげるなら「いちばん長い日」において狂気をまき散らしたものたちが主役、というような。それは67年版をみたときに書いたりしたんですが。

 一方、15年版は5人の人物に焦点が当たっている印象。陸軍大臣阿南惟幾昭和天皇、首相鈴木貫太郎、内閣書記官長迫水久常、そしてクーデター首謀することになる陸軍少佐畑中健二がその5人。ポスターのビジュアルにもその5人が取り上げられているが、本編でも同様だなと感じました。下のビジュアルですね。

日本のいちばん長い日(決定版) 運命の八月十五日

 

 5人を主軸に据えた政治サスペンス風の作劇によって、映画全体は整理され、67年版と比べだいぶ見易くなったなという印象。すくなくとも、登場人物の立ち位置はわかりやすくなっているという気がする。

 それと白黒かカラーかの違いも大きく作用しているとは思いますが、登場人物の汗臭い感じが15年版ではだいぶ抜けたなーという印象も。

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 特に畑中少佐にそれが顕著に表れていて、汗だらだらで喚き散らす黒沢年夫に対して、松坂桃李は激することはあれども、あくまで冷静さのなかに狂気を湛えているような印象。そんなに出番はないが、佐々木武雄大尉演じた松山ケンイチも、67年版の天本英世とはっきり対照的。全体的に67年版は徹底抗戦派の軍人はとにかくうるさくて何言ってるのか聞き取れないレベルでまくしたててたような印象がありますが、15年版は台詞が聞き取れないほど喚いている人たちはいなかった。

 

人間としての天皇

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 そしてもっとも際立った違いは、天皇をはっきりと、一人の人間として描いたこと。67年版は上の構図が象徴的ですが、ほとんど顔が映らない*1。国民に直接語り掛けるため、玉音放送を録音する場面でのみはっきりと顔が映し出される。


日本のいちばん長い日 予告篇95秒 - YouTube

 

 上の予告編でもわかる通り、15年版は本木雅弘演じる天皇が主役の一人として動く。戦後70年を経て、天皇をそのように描くことが可能になったのだなあと。まさか「あ、そう」まで言わせるとは思いませんでした。

 本木をはじめとする俳優の熱演は素晴らしく、67年版とは違う魅力を発揮しているのかなーと思います。玉音放送の文言を変更するシークエンスなんかは、現代の政治に対する皮肉ともとれたりするし、戦後70年を経たリメイクとして観る価値はあると感じました。「時運ノ趨ク」ところに政治が転がってしまう状態が作り出された原因を、直接8月15日に求めることは妥当でないにせよ。

 

  とはいえ天皇の描写はさすがにフィクションっぽさがあるというか。吉田裕さんは、昭和天皇は現実の国民よりも「皇祖皇宗」を重んじる独特の意識を持っていたことを指摘していたりするし、「国民の命のためにポツダム宣言を受諾する」みたいな描き方がどこまで妥当かどうか。

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 原武史さんの『昭和天皇』でも祭祀へのこだわりは重要な意味を持つものとして指摘されているようです。

昭和天皇 (岩波新書)

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  それと「1945年8月15日にすべてが終わった」的な幕引きはどうなんだろうなー、とも。玉音放送を聴き涙を流して跪く民衆、みたいなメディアによって後付で創られたと思われるイメージは新旧どちらにもないわけですが、玉音放送が流れてエンドクレジットへ、というのは8月15日に過剰に大きな意味を付与する「8月15日の神話」の再生産に寄与してしまっている感。8月15日に戦争が終結したと感じた人もいるのかもしれませんが、それ以降も戦闘を続けていた兵士がいることも事実なわけで。

 その辺は佐藤卓己『増補 八月十五日の神話: 終戦記念日のメディア学』に勉強させていただきました。

 

 

 

 

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【作品情報】

‣2015年/日本

‣監督:原田眞人

‣脚本:原田眞人

‣原作: 半藤一利

‣出演

 

 

*1:この構図自体は15年版にもあるんですが。

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