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スーツが紳士を作る―『キングスマン』感想

Kingsman: The Secret Service

 

   『キングスマン』を字幕版でみました。原作マーク・ミラー×監督マシュー・ヴォーンっていう『キック・アス』のタッグで期待しなわけがないという感じですが、いや期待以上に楽しかったです。以下適当に感想。ネタバレが含まれます。

 悪趣味全開爽快暴力

 クソッタレな日常。今日も家で酒浸りの養父に使いっぱしりを命じられ、街では養父の子分のチンピラどもに因縁をつけられる。腹いせに奴らの車をかっぱらって乗り回してみたら、しくじって豚箱行き。そんなとき、彼は思い出す。「困ったことがあったらここに連絡しろ」。亡き父の同僚の言葉。それが彼に新たな道を拓く。紳士にして凄腕スパイ、キングスマンへの道を。

 映画『キングスマン』は、「キングスマン・ビギンズ」ともいうべき内容で、それは『キック・アス』が「キック・アス・ビギンズ」であったのとどうしても重なる。『キングスマン』はスパイ、『キック・アス』がスーパーヒーローという、いずれもフィクションの、それもとりわけ通俗的なフィクションの中で繰り返し繰り返し語られてきたモチーフを意識的に取り込み、その上にあえて重ね塗りしてみせるようにして撮られている、という点においても共通していて、だから『キングスマン』には過去のスパイ映画の遺伝子が無数にながれこんでいる、と思う。

 その上に、きわめて堅実といってもいい成長物語と、時に極めてグロテスクなバイオレンスとを自然な形で融合させたものを築き上げてみせるあたりが、マシュー・ヴォーン的、といえるんだろうか。作家性云々はさておいて、後者の悪趣味全開フルターボなバイオレンス描写は本当に極まっている、極まっているとしかいえない感じに仕上がっていて大変楽しかったです。クライマックスの打ち上げ花火は本当に酷い。今後『威風堂々』を耳にするたび、あの光景が脳裏にフラッシュバックすることを考えると今から憂鬱です。エルガーさんが草葉の陰で泣いています。

 無慈悲なバイオレンスが悪趣味に、しかし爽快に人間を破壊する様は、ヒットガールのそれの如く、『キングスマン』でも反復される。しかもその被害にあうのは、ちょっとどころでなく不寛容な考え方をもっているとはいえ、一般人なので、結構酷いよね。スパイってセカイの危機に関係ない一般人の生死に結構無頓着だよね、的な意図を感じたり感じなかったり。その一方で、義足の殺戮マシーン、ガゼルさんとの戦いなんかは素直にスタイリッシュでかっこよいなーと。

 

スーツが紳士を作る

 そんな雰囲気のなかで語られる物語は、主人公エグジーが紳士になる、という極めてシンプルなもの。この「紳士になる」というのは、凄腕スパイたるキングスマンになるということでもあり、イギリス労働者階級(≒下層階級?)から、上流階級へと越境を果たす、という含意もおそらくはある。ハマータウンの野郎どもでも紳士になれる、そういう含意が。

 「マナーが人間をつくるんだ」とは、作中で繰り返されるいわばキメ台詞なのだけど、そのマナーの本質を形作るのはなんといっても服装だろう。作中で言及される『マイ・フェア・レディ』に対して、キングスマンたるハリー=ガラハッドは「言葉遣いだけじゃダメだ」なんて論評するのがそれを端的にそれを示唆している。野郎どものなかで育ってきたエグジーくんが、おそらく貴族のぼっちゃん・お嬢さんであろう他のキングスマン候補生から浮いてみえるのは、なによりその服装故。

 だから彼が紳士になるのを決定づけるのは、なによりその服装なのである。野暮ったい兄ちゃんだったエグジーが、スーツを着込むと堂に入ったキングスマンにみえてくるので、それだけでもう大勝利ですよ。その姿は師≒父であったガラハッドとも重なり、背中だけでは全然判別がつかない。予告のあのシーンはコリン・ファースじゃねーのかよ!とマジでびっくりしました。

 氏より育ち、内面より服装。だからキングスマンの門戸は誰にでも開かれているのだ、だれでも境界を越えてヒーローになれるのだ。社会的な階級が強固に再生産されてゆくイギリスの現実ではそうはいかないかもしれないけれど、それでも誰もが紳士に、キングスマンになれるんだっていう希望に満ちたメッセージは僕は嫌いではないです。

 

 マシュー・ヴォーン氏がこうも好調だと、以前タッグを組んでいて、しかもたびたび題材がかぶるガイ・リッチー氏の「ナポレオン・ソロ」(『The Man from U.N.C.L.E.』)が結構心配になったりならなかったりするのだけれど、大丈夫でしょうか。てかスパイものだけど全然色が違いますよね。

 

 

 

 

ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)

ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)

 

 

【作品情報】

‣2015年/イギリス

‣監督:マシュー・ヴォーン

‣脚本:ジェーン・ゴールドマン、マシュー・ヴォーン

‣出演