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近代の臨界点としてのガトリングガン―中島三千恒『軍靴のバルツァー』感想

軍靴のバルツァー 1 (BUNCH COMICS)

 

 先日、というか今日ですが、漫画喫茶で一泊しまして、とりたてて強烈に読みたい漫画があるわけではなかったのでTwitterのみなさまにおすすめを教えていただいたのですが、漫画喫茶の品ぞろえが若干頼りなく、おすすめしていただいた作品のほとんどがおいていないというおすすめしていただいた皆様に大変申し訳なくなる感じでした。

 おすすめしていただいた作品のなかで在庫があったのがヤマザキコレ『魔法使いの嫁』と中島三千恒軍靴のバルツァー』で、それを読んでいたのですが、いつの間にか朝を迎えており、本来の目的たる睡眠を果たすことなく漫画喫茶を後にすることとなりました。というわけで両作品とも大変面白く読んだのですが、前近代!って作品と近代!って作品が奇妙に好対照をなしていて運命を感じました。とりわけ近代!って感じの『軍靴のバルツァー』が印象に残ったので適当に感想を書いとこうと思います。

 

 現実世界における19世紀のヨーロッパとよく似た、しかしそれとはちょっとばかり様子が異なる世界。「軍国」としてその名も高きヴァイセン王国で、若輩ながら実力を買われエリート街道を突き進む男、ベルント・バルツァー。彼の次なる任務は、軍事的には後進の隣国、バーゼルラント邦国の王立士官学校に軍事顧問として出向、若き士官候補生たちを鍛え上げること。ひとりのヴァイセン軍人として、あるいは青年たちの指導者として、彼が目にするものは。

 主人公バルツァーの仕えるヴァイセン王国があからさまにプロイセンをモデルにしていると推察されるように、ナポレオン戦争以後、おそらくは19世紀半ばから後半くらいのヨーロッパの状況を強く意識している、というかモデルにしている、ように思われる。社会が大きく変化していく途上にある世界を、軍人というその変化の渦中で大きく影響を受けざるをえない人物の視点から眺める。

 タイトルは前から聞き及んでいて、なんとなく戦争モノを連想していたのですが、その先入観がよい感じに裏切られたのが引き込まれた理由なのかなと思います。描かれるのは戦争ではなく(いや途中から戦場に舞台が移るけどさ)、戦争状態でない、平時における軍人のありさまと、戦争状態でないのにもかかわらずうごめく国家間の策動。労働運動まで国家が裏で糸引くものとして描いているのはちょっとどうかと思ったりもしたのですが、平時の軍人の日常生活にスポットをあてているのが面白いなと。

 それと時代設定が抜群にいい。バーゼルラント邦国は軍事後進国といえど、近代的な常備軍が組織されてはいる。けれども、それを支える近代的なエートス、近代合理主義のようなものは浸透してはいない。軍隊といえば、工場や学校とならんで、いやそれ以上に近代の理念を具現化したような存在だとされているが、しかしそうではない時代もあった。近世と近代のはざまで、「近代的な」制度を導入してもそれをつかさどるものたちが近世的なエートスに支配されていたならば、新しい革袋に古い酒を注いだだけにすぎない。

 近代的なるものが社会を隅々まで覆い尽くしてはいなかった時代。前近代的なものと近代的なものとがないまぜにおかれた状況。そのような世界に颯爽と現れるのが、ヴァイセン王国の軍事教育によって近代合理主義を叩き込まれた男、バルツァー。彼が主人公たりえるのは、そして有能な人物たりえているのは、その近代のエートスを徹底的に内面化し骨肉化しているから。彼が近代の軍隊という新しい革袋に、それにふさわしい新しい酒を注ぎ込む物語が『軍靴のバルツァー』といっていい。

 

近代の臨界点を幻視する

 近代/前近代の対比はたぶん随所にあらわれるのだが、その対立がドラスティックなかたちであらわれるのが、ヴァイセンに攻め入ってきたホルベック王国の騎兵、ハウプトマン・ニールセン大尉との対決。彼とバルツァーとの対決は、5巻の最後でひとまずの決着をみるわけだが、この対決に、近代の勝利と、そしてその帰結までもが預言的に書き記されている。

 ニールセン大尉は極めて好戦的で、そのバルツァーが「いずれ不要になる」と見立てる騎兵を縦横に指揮してバルツァーを追い詰める。その勢いに最終的には降伏すら選択肢として検討されるわけだが、バルツァーはある兵器と工夫を用いて、最終的にはニールセン麾下の騎兵を全滅させる。その兵器とはすなわち、ガトリングガン。前近代てきなるもののダイナミズムを仮託された騎兵たちが、ガトリングガン、それも実戦では使い物にならないのではないかとバルツァーによって予見されていたできそこないのそれによって、あっけなく全滅する。しかもバルツァーの部下たちは一切傷を負うこともなく。

 和月伸宏るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』においては、新時代=近代的なるものの醜悪さを結晶させたかにも思える悪党、武田観柳の手によって用いられ、前近代的なものを信じるものたちの意地の前に敗れ去ったガトリングガン。『るろうに剣心』は、のちの軍国主義へとつらなる「新時代」的なものを懐疑する目線が作中にあればこそ、前近代的なるものが意地を通すことができたわけだが、『軍靴のバルツァー』はそうした浪漫は存在の余地がない。それがあるとすれば前近代的エートスをもつもの同士の戦争に限られる。近代と対決した前近代は、近代のまえに膝を屈するよりないのである。

 ガトリングガンが築いた屍の山を前に、バルツァーは新たな戦争のかたちを予感する。システマティックに人が人を殺す未来。それは近代の臨界点といってもいい。そんな地獄を垣間見たとしても、バルツァーは近代的なるものを捨て去ることはできない。それに懐疑の目をむけたり、捨て去ったりしたならば、彼はおそらく主人公たる資格を失う。近代的なるものに拠って立つからこそ、彼は主人公たる資格を得ているのだから。

 というわけで、近代の帰結を予感しているにもかかわらず、近代的なるものを捨て去ることがかなわないバルツァーさんの姿に、ぼくは現代人のかかえるアポリアをみるのです(てきとう)

 ガトリングガンをもって『軍靴のバルツァー』の物語の幕は下りたみたいな身持ちがあるので、それ以降の巻は読んでおりませんが、またいずれかの機会に読みたいなという気持ち。

 

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