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切り離せない勝利と死―『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』感想

There Will Be Blood

 

  先日『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』を見返したんですが、やはりべらぼうに面白かった。息抜きがてら感想をメモっときます。

 

 アメリカ合衆国。19世紀末。男は地面を掘る。金を探して。20世紀初頭、男は地面を掘っていたが、それは金を掘るためではなかった。男が探し求めるのは、地中に埋まり海をなす黒い水、石油。車を動かし船を動かし飛行機を動かし、そして20世紀の歴史そのものを動かすことになるそれは、男に巨万の富を約束するだろう。富を得たあと辿り着く先を、男は未だ知らずにいた。

 『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』は、石油を求める山師ダニエル・プレインビューの人生を切り取りそれを我々に見せつける。石油採掘の権利を得るため大言壮語と愛想をふりまくダニエルは、一方で人を疎んじ、富を得たら一人で暮らすと言ってはばからない。その人嫌いの男は、しかし他者への執着を捨てきれずにいる。義理の息子H・Wを、交渉の道具として利用する一方で多分愛さずにはいられなかったし、いきなり現れた弟を名乗る人物を容易く信用するほどには家族を求めてもいた。しかし、その他者への執着は、それが思うがままにならないとみるやたちまち反転する。聴力を失い精神の均衡を崩す息子は寄宿学校へと追いやり、弟を名乗る男が本当は弟でもなんでもないと判明するや衝動的(と思えるようなかたちで)に殺害する。

 他人のことが大嫌いで、でも大好きで、でもやっぱり大嫌いな男、ダニエル・プレインビュー。その彼が執着するのは、石油。いやもっというなら石油のもたらす富といったほうが正確かもしれない。それは勝利と言い換えてもいい。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』において、富は落下のイメージをともなってあらわれる。冒頭で金の採掘を試みるダニエルが金を発見するのは、はしごが壊れて自身の身体が地下に落下した直後。その後、作中ではじめてダニエルが石油を掘り当てるのは、作業員があやまって杭を落下させてから。

 その落下のイメージは、また死とも結びつく。冒頭のダニエル自身の落下が死との接近であることは言うまでもなく、石油採掘の直後に挿入される事故の場面は象徴的だ。さきほどは石油を掘り当てることに貢献した、作業中の事故による物体の落下が、今度は作業中の人間の命を奪う。落下のイメージが富と死とを接続する。

 とはいえ、金の採掘の時点では勝利と死は危ういかたちで接近していたが、この石油採掘ではそれが若干離れた、ともいえるかもしれない。金の採掘時点では同じタイミングで死と勝利とが生じたのに対し、石油採掘では、まったく同じシチュエーションとはいえ、違う場面において勝利と死とが訪れたのだから。その勝利と死とが再び結びつくのは他でもない、クライマックスのボーリング場におけるイーライとの対決の場面である。

 ボーリングという球技もまた、地面にボールを落とすという性質がある以上落下のイメージを含みこむんじゃないかと勝手に思っていて、だから最後の決戦の場面はボーリング場が選ばれたんじゃなかろうか。ボーリングのピンをたたきつけてイーライを殺害したとき、勝利と死とがダニエルに同時に訪れる。地に溢れるイーライの血は、かつて自身に屈辱を与えたものに対する勝利を意味するという点において、杭の落下によって得られ彼に経済的な勝利をもたらした石油と等価。ダニエルの人生の物語は、勝利と死とが分かれる場面からはじまり、それが再び出会うことによって幕が下りる。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』はそういう映画なんだと思ったりしました。

 

 

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【作品情報】

‣2007年/アメリカ

‣監督: ポール・トーマス・アンダーソン

‣脚本: ポール・トーマス・アンダーソン

‣出演