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宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

「死にたくない」こととヒーローであること―『傷物語〈Ⅰ鉄血篇〉』感想

映画 アニメ

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 『傷物語〈Ⅰ鉄血篇〉』をみました。新年初映画館。〈物語〉シリーズは原作未読、アニメも『偽物語』までしか視聴していなくて、あんまり熱心なファンではないんですが、面白かったです。以下で感想を。

 

 友達のいない高校生、阿良々木暦は夜の街で瀕死の吸血鬼と出会う。その名はキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。四肢をもがれ血塗れになりながらもなお妖艶な雰囲気と気品を湛える彼女は阿良々木にこう告げる。お前の血をよこせ、と。

 『化物語』の前日譚である『傷物語』は、普通の高校生だった阿良々木暦が吸血鬼になった顛末を描くわけだけれども、〈I 鉄血篇〉は彼が吸血鬼になる決断を下し、そしてキスショットの奪われた四肢の奪還にいよいよ取り掛かる算段が付くまでを描く。

 ハイパーリアルな美術の中を時に繊細に、時に荒々しい線で描かれたアニメキャラクターが跋扈する画面のインパクトがまず半端ではない。丹下健三の手になる山梨文化会館をモデルにしたと思しき建物を背景に、アニメっぽいキャラが活動するのはそれだけで異様。というか予告でも出てきたこの建物がまさか学習塾跡だとは。

 冒頭、その廃墟のビル(山梨文化会館)を阿良々木がひたすら歩くわけだけれども、そこに言いようのない迫力みたいなものが宿っている。ストーリーの語りと離れて会話のための会話ともいうべきだべりが多用されるのが『化物語』の演出の特徴のひとつだといえると思うんですが、『傷物語〈Ⅰ鉄血篇〉』においては会話劇はそれほど前景化しない代わりに、演出のための演出ともいうべき饒舌な作画と美術が演出を特徴づけている、という感じがする。ドラマツルギー、エピソード、ギロチンカッターの敵役三人組の発話は声が加工されているためまったく聞き取れず、会話不能に他者として現前するのも、会話劇であった『化物語』と対照的な作風を端的にあらわしている。会話がオミットされているは画面は雄弁に語り続け、60分余りの上映時間はあまりにも悠然と使われているという感じをうけ、それがこの作品の独特な魅力を形成している、とも。

 その演出が冴えわたっているのがアバンの徘徊から炎上にいたる一連のシークエンスだと思うのですが、もうひとつ、本作のドラマ上のクライマックスともいうべき、阿良々木がキスショットを助けることを決意する場面も特に印象深い。キスショットが助かるためには、自分一人分の血が必要だという。それを知った阿良々木の慄き。惨たらしいありさまになっている女を助けたいという気持ちと、バケモノは見捨てて自分は助かりたいというごく当たり前の心情のあいだでドラスティックに揺れ動く阿良々木の混乱を切り取り、そして死にたくないと慟哭する吸血鬼の必死の意志と叫びとが画面にべったり張り付く。死にたくないと泣き叫び懇願するキスショットは、坂本真綾さんのこれまでのキャリアのなかでも屈指の演技なんじゃなかろうか。それまで不死の存在であるがゆえに自分の死と(おそらくは)向き合ってこなかったバケモノが、それと向き合わされたときに死の前に膝を屈し、脆く崩れ落ちる瞬間。しかしそれでもなお生きたいのだという渇望。そういうものを乗せた叫びがグロテスクな演出と響きあい、この場面に異様な迫力を与えている。

 普通の高校生も、不死身の吸血鬼も、だれもがみんな死にたくないと思っている。だけれど、それを、死の恐怖を決死で飛び越えて阿良々木は手を差し伸べる。死にたくないという気持ちが他者を助けない理由にはならないからこそ、彼はそうして自身の命を投げ出すわけで、この時点で阿良々木暦という人間はすでにヒーローだったのだなと。生まれ変わったら平凡になりたいと自虐する人間に、運命はヒーローとして生きよと命ずる。だから〈I 鉄血篇〉は阿良々木がヒーローになる物語、とでもいえるんじゃないか。

 時系列上の続編にあたる『化物語』が先に出版されアニメ化されている以上、結末はもう定まっており、それは見る側に共有されている、と作り手は踏んでいて、だからこそ個別の場面にいかにインパクトを持たせるのか、ということに力点が置かれているんじゃないかと勝手に感じていて、個別のシークエンスの魅力は確かにすごい。ただ惜しむらくは分割されているがゆえにストーリー上のカタルシスを十全には得られないまま劇場を後にせねばならないということで、せっかく映画館に足を運んだのに、若干の不完全燃焼感は否めないというか。僕がそういうストーリー的なカタルシスを得たいみたいな期待をもって映画館に行っているのがそもそもよろしくないのかも、とも思うんですが。ともあれ、次回〈Ⅱ 熱血篇〉が楽しみです。

 

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【作品情報】

‣2016年

‣総監督: 新房昭之

‣監督:尾石達也

‣原作:西尾維新

‣キャラクターデザイン:渡辺明夫守岡英行

‣音楽:神前暁

‣アニメーション制作:シャフト

‣出演

 

 

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