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俺達には木製バットが必要なんだ――『スーサイド・スクワッド』感想

スーサイド・スクワッド・サウンドトラック

 『スーサイド・スクワッド』を2D字幕版でみました。以下感想。

  スーパーマンが現れ、そして去った後の世界。アメリカ政府は恐れずにはいられなかった。ふたたびスーパーマンのごとき力を持つものが現れ、そして今度は世界を破壊する可能性に。政府首脳は決断を下す。超然とした力に対抗するために、自分たちもまた超然とした力を用いることを。かくして、超人的な力をもった犯罪者による特殊部隊、タスクフォースXが結成される。毒を以て毒を制する、この策がもたらすのは秩序か、あるいは混沌か。

 『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』後の世界で、超人類(メタヒューマン)に対するために政府が結成した決死隊の悪党どもの活躍を描く『スーサイド・スクワッド』は、のっけからやたらと軽快な調子でヴィランたちの経歴を紹介し始めるので面喰う。ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」にのって語られるこのイントロシーンは、『マン・オブ・スティール』・『バットマン vs スーパーマン』の重厚さとは打って変わって軽快で大変楽しい。ここら辺は予告の雰囲気と結構重なる気がする。


映画『スーサイド・スクワッド』予告1【HD】2016年9月10日公開

 その後、決死隊として街を占拠した魔女とその兵士のもとに向かうわけだが、そこからのシークエンスは場面が夜ということもあって全体が暗くて、それに合わせるように明るいトーンは後退、悪党どもと特殊部隊が結構地道に魔女の配下の人型クリーチャーをせん滅していくような展開になる。

 悪党ども、やたらと強いが基本的には普通の人間で、周囲を一瞬で灰にするほどのアイロキネシスの能力者チャト・サンタナ / エル・ディアブロは戦闘に乗り気でないので、ヒーロー映画とは一線を画するどうにも地味で泥臭い画でその戦闘が描かれるのはなんというか新鮮。基本的には普通の人間なはずなのに、世界を滅ぼすほどの圧倒的パワーをもつ魔女エンチャントレスと互角以上に渡り合ってみせるあたり、実はこの世界の人類は基本スペックが滅茶苦茶に高かったりするのか?となる。

 モンスターの徘徊する街をずんずん進んでいくなかで、娘を愛する狙撃手デッドショットの物語だとか、ディアブロの過去の葛藤とか、ハーレー・クイン奪還を試みるジョーカーの策謀であるとかが入り乱れて物語は進んでいくわけだけれど、そういうドラマよりなによりハーレー・クインの魅力によって映画全体を牽引しているのでは、という印象で、特に異能の力を持つわけでもないのにべらぼうに強くて、白塗りのサイコパスなのに仕草やら表情やらが滅茶苦茶魅力的にみえるのがすごい。

 で、彼女の得物は拳銃と木製とおぼしきバットなのだけれど、そのバットがやたら頑丈なんですね。クリーチャーどもをシバキ倒しても折れるどころか傷ついている様子すらない。たぶん仲間もその木製バットの威力を目の当たりにしているからか、彼女がいなくなってもきっちりそれは回収していて、合流したとき渡してあげる気遣いも忘れない。この木製バットに対する異様な気遣いから、もしかして、マーベル世界でいったらヴィブラニウムとか、そういう材質にあたるやつで作られたバットなのかもしれないけど、一応木製ということにしておいて、その木製バットで戦うハーレー・クインが事実上の主役であるこの映画は、いわば『イングロリアス・バスターズ』以来の木製バット超絶age映画だといえるわけです。ユダヤの熊は木製バットでナチを殺して世界を救ったわけですが、ハーレー・クインさまもまた木製バットで世界を救ってみせたわけで、これは互角の勝負なんじゃないか。やたらと存在感を発揮する木製バットが頭に焼き付く映画でした、はい。

 

 

 

  ジョーカーの活躍に満足したかといわれれば、もっともっとスクリーンで暴れる姿をみたかったというのが正直なところですね。ヒース・レジャーのあとにそれにひけをとらないものをみせてやろう的なあれを感じただけになおさら。笑顔がとても素敵だったのでジャレド・レトジョーカーの活躍をまたみたいです。

 

【作品情報】

‣2016年/アメリカ

‣監督: デヴィッド・エアー

‣脚本: デヴィッド・エアー

‣出演