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共有されえない普遍の神――『沈黙 -サイレンス-』感想

映画チラシ 沈黙 サイレンス アンドリュー・ガーフィールド

 『沈黙 -サイレンス-』をみました。以下感想。

  遠い異国の地で、師が棄教した。その噂を聞いた二人のイエズス会士が、それが真実なのかどうかを確かめるため、あるいはその地に福音を伝えるため、海を渡る。彼らが目指すは、17世紀前半の日本。かつて多くの先達がキリストの教えを広めた彼の地では、今は苛烈な弾圧が行われているという。その地に赴いた彼らが見出すものとはなにか。そして、かくも残酷な人間の仕業に、神は沈黙したままなのか。

 遠藤周作の原作のプロットを忠実に映画化したこの『沈黙 -サイレンス-』の基底にあるのは、原作でも主要な語り手だった神父、セバスチャン・ロドリゴの声である。原作では、ロドリゴの書き残した手紙という形式などを用いて、彼の内面に寄り添って神の沈黙をめぐる物語が語られたわけだが、この実写化においても、原作において地の文によって記されたロドリゴの内面はモノローグとして挿入され、それが「神の沈黙」を前に苦悩する人間の心情を浮き彫りにする。

 モノローグは江戸前期の状況やイエズス会の位置など歴史的な背景知識にそれほど通じていない観客にもこの映画の間口を広げるような機能を果たしていると思うのだけど、それ以上に、この苦難を前に(少なくとも内面においては)饒舌にならざるを得ない人間と、なお沈黙を保ち続ける神との対比を強調する機能も果たしているように感じられる。その人間の様々な苦痛の声こそ、この実写版『沈黙』において付与された強烈な要素ではないかという気がして、よくもこんな残酷な処刑・拷問を発明したものだと文字で読んだ時点で戦慄した水磔や穴釣りのおぞましさは、それによって苦悶する信徒の声によって強烈に印象付けられる。冒頭、雲仙で熱湯の拷問にかけられる人々のうめきによって幕を開けたこの映画は、虫の声や雨音などの静かな自然の音に満ちたエンドロールとともに終わる。度重なる苦難の末に、もはや苦しみの声を上げる人々すらいなくなる。この日本という沼地がたどり着く果て。少なくともこの実写版においては、そのタイトルが示唆するのは「神の沈黙」のみではないのではないか。

 一方で神はといえば、原作でもそうだったように、沈黙を保ち続けているというわけではない。無数の苦しみを前にして、神は沈黙を続ける。しかし、人々の苦痛のうめきに苛まれるロドリゴに、神は語りかける。踏みなさい、と。僕には特定の信仰がないので、こういう言い方は人の神経を逆なでするかもしれないが、この場面で語られているのは、神は沈黙などしない、しかしその沈黙はたぶん当人には予想もつかない形でしか破られることはない、ということではないか。

 神が存在する/しないは別にして、少なくとも、現実の問題を一挙に解決してくれるような機能をもつ神様はどうやら存在しないらしいことを、現代を生きる我々は知っている。そんな神様がいたら、世の中はこんなふうにはなっていないに違いないのだから。そうした我々がもつ神に対する諦めを、苛烈な弾圧という歴史的状況に仮託して、400年前に生きた人間と対決させたのが『沈黙』というテクストではないか。そうして見出された神は、現実の問題は解決してはくれないが、少なくとも、個人の行動を正当化し赦しを与える、そうした機能をもつものだった。

 他者を救うためなら、あるいは自分の苦しみから逃れるためなら、神を裏切ることすら赦す神。こうした神は苦しみのなかでそれを見出したものにしか感受されないのだろうし、だからおそらく普遍的な形象として共有されることはない。神を裏切った男は、それが神に赦されていることを証明することが不可能であるがゆえに、他者にとっては背教者でしかありえない。だが、自身が背教者の誹りを受けることでしか神の声を聴くことができなかった男の、共有されえない物語が、こうしてテクストとして読まれるということで、ある種の普遍性を獲得したのではないか。その意味で、この『沈黙』は、共有されえないものを普遍化する、そういう試みなのではないか。その物語が「沈黙」するテクストに声を与える、という仕方で語れらたこの実写版は、そういう意味でより普遍へと近づき得ている、とも思う。

 

 

沈黙 (新潮文庫)

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 神の存在みたいなことを考えるとどうしても『カラマーゾフの兄弟』があたまにちらつくので機会をみて再読したいですね。

カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)

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【作品情報】

‣2016年/アメリカ

‣監督:マーティン・スコセッシ

‣脚本:ジェイ・コックス、マーティン・スコセッシ

‣原作:遠藤周作

‣出演

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