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私の知らないあなたの物語――『響け!ユーフォニアム2』感想

響け!ユーフォニアム2 7巻 [Blu-ray]

 『響け!ユーフォニアム2』をみました。あらゆる創作物には、それと出会うのに最も適したタイミングというものがあり、すなわち出会うべきとき、出会うべき場所で出会うことが最も重要なんではないかと思うのですが、僕にとっては今この時この場所こそがまさにそのような場所であったと、そう強く思います。以下感想。

 あなたのことを知るために

 雪のちらつく空模様。微風。学校、おそらく校門の近く。そこに佇む少女が一人。ノートを手に、どこか遠くを見つめる少女。そのノートを開き、驚きの表情。彼女を呼ぶ声。そして彼女は戻ってゆく。再び夢の続きを生きるために。それが彼女の、黄前久美子の、さしあたってはたどり着いた、見つけ出した場所。暑くて熱い夏と、その余熱がじりじりと燃える秋を経て、辿り着いた場所。そうして物語は始まる。彼女がいかにしてその場所に辿り着いたか、その旅路を語るための物語が。

 『響け!ユーフォニアム2』で語られるのは、第1期の直後、京都府大会で関西大会への切符を手にしたあとから、3年生が引退し卒業するまでの物語。全国大会を目指す北宇治高校吹奏楽部の物語は、そのなかに波乱を含みつつ、それを解消しながら進んでいく。黄前久美子はその波乱に否応なしに巻き込まれ、それが彼女をこの物語の主人公たらしめる。

 1期において、彼女の物語は高坂麗奈という「特別」な存在を知る物語だった。彼女が流した涙の謎、それを知ること。それを知ってしまうことは、黄前久美子の生き方をがらりと変えてしまうことだった。高坂麗奈の涙の意味を知る、そして彼女と同じ景色を眺め、ともに進んでゆく。その旅路の半ばで、彼女たちが流した涙は、かつての涙とまったく逆の感情で満たされていた。

 2期でも、黄前久美子の物語は「誰かを知る」こと、あるいは知りたいと願うことによって駆動していく。彼女が知りたいと願うのは鎧塚みぞれであり、あるいは顧問の滝昇でもあるのだろうが、彼女の物語のなかでより大きな位置を占めるのは、同じくユーフォニアムを響かせる田中あすかと、彼女の姉で大学生の黄前麻美子だろう、と思う。数か月間一緒に同じ楽器を演奏してきたのにも関わらず、あるいは家族として同じ時間を過ごしてきたにも関わらず、いやそれ故に、黄前久美子田中あすかのことも、姉のことも、彼女たちの物語の核心を未だ知らずにいる。それを黄前久美子が知ったとき、そしてそれを引き受けたとき、彼女の物語はまた別の場所へと導かれ、たぶんその目の前には別の景色が広がって、そして新たな音が響く。

 

物語の「途中」を生きる

 この現実世界に生きる人間は、それぞれ別の物語を生きている。満員電車のなかには数百の物語がひしめきうごめいているのだけれど、我々は普段そんなことなど気にも留めないし、気に留めようにも知りようがない。知りようがないのは別に偶然同じ列車に乗り合わせた人間に限ったことではなく、同じ時間を共有せざるを得ない家族にしても、その友人にしても、我々がそれぞれ異なる人生を生きている以上、どれだけ親しくとも他者の物語のすべてを知ることはできないだろう。我々の知らぬところで他者たちはそれぞれを物語をすでに生きている。我々が他者と出会うとき、ほとんどの場合彼らの物語の途中で彼らと出会うことになり、だから我々は他者の物語の半ばから、他者と関わっていく。

 それと同様に黄前久美子もまた、その物語へいわば遅れてきたものとして関わっていかざるをえない。少なくともその点において、彼女に物語の主人公としての特権性はない。我々がそうであるように、彼女もまた他者の物語をまるごと知る術はなく、事情も知らずに舞台に上がってそのなかであがくしかないのだから。彼女が入部する前から北宇治高校吹奏楽部は存在し、彼女と出会う前から田中あすかの問題ははぐくまれ、そして彼女のあずかり知らぬところで黄前麻美子は自身の選択に苦悶していた。

 これがもし、新たに吹奏楽部を創設する、というお話だったり、または彼女が一人っ子だったり家族関係が曖昧だったなら、彼女が「遅れてきた」ものである、という印象は薄れているか、あるいはなくなっていただろう、と思う。新たに部活を創設するのではなく既にある部活に入部するという物語上の設定が、また次女という家族のなかでの位置関係が、そのような存在として彼女を規定する。この物語世界の人間は、現実世界の人間がそうであるように、若いながらも歴史があり、それぞれの物語をもつ。主人公にとってすらすべてを知りようがない、それぞれの物語を。

 しかし、彼女は自身が遅れてきたことに、知らないことに臆さない。他者の物語を知らないにも拘わらず、いや知らないからこそ、彼女はその物語を知りたい、そこに関わりたいと願うのだろう。そうして、彼女は今まで知らなかった姉の物語を知る。彼女が姉の物語を知ることは、かつて姉に憧れていた自分自身の物語を知る、ということでもあって、だから、1期の時点で回想され浮かび上がった彼女のこれまでの物語は、2期で様相も新たに再提示される。誰かへの憧れから、その道を選んだ自分自身の物語。

 黄前麻美子の物語はもちろんこれからも続いていくのだけれど、彼女は自身の物語を「何も選べなかった」、いわば蹉跌の物語として一旦総括し、その黒ずみをどうにか洗いなおしたうえで、また新たな物語を生きることを決意する。その蹉跌の物語は、黄前麻美子にとっては既に生きられた物語だけれど、一方の田中あすかにとってはまさに現在形で生きられる物語であって、だから、姉の物語を引き受けた黄前久美子は、田中あすかの物語を、そして彼女とともに奏でる北宇治高校吹奏楽部の物語を書き換えるために、夢中で思いを伝えるのだ。他者の物語を知り、引き受け、そのことが自分の生きる物語を駆動させる。『響け!ユーフォニアム2』の物語世界においては、黄前麻美子の物語も田中あすかの物語も現実の出来事として等価だけれど、既に語られた物語が「いま・ここ」の私の物語を駆動させる、という位置関係は、我々とフィクションとのあいだの関係の相似と見立てることができよう。だから、黄前久美子の物語は、彼女の思いは、強烈な印象を刻むのだろう、と思う。

 とはいえ、黄前久美子田中あすかの物語を書き換ええたか、それは明示されず宙づりにされてもいる。彼女が母を説得したのは、直接的にはあくまで彼女の戦略と努力によって、黄前久美子のあずかり知らぬところでの戦いの結果なのだから。それでも、黄前久美子田中あすかの物語を知ろうとしたこと、理解しようとしたこと、そしてある時間をともに生きようとしたこと、そこには何がしかの意味が生まれたのだと信じたい。彼女が半ば偶然手に取ることになった楽器は、短いながらも長い旅路のなかで、多くの文脈や意味、感傷的な言葉を使うなら思いが宿った。その一つに、田中あすかという人間の物語があり、だからこそ彼女の音色は新たな響きをそこに加えて、新たな曲を奏で続けてゆくのだろう。そのように、我々の物語は偶然と必然と、自由と不自由とのあいだで揺らぎつつ、そこにそれぞれ固有の意味を含みこんで響いてゆく。それもまたこの世でひとつの「特別」なものなのだろうし、だからこそ我々はさして特別でないこの日々を、急激かつ緩慢な時間の流れのなかを歩いてゆくことができるのだろう、と思う。

 

関連

作品内で選択することの意味について。


1期&劇場版の感想。 



  黄前久美子さん、物語上の機能としては探偵と等価なのでは、とかちょっと思ったり。探偵の才能のひとつは、(事件を解決する以前に)まず事件と遭遇することだろうと思うし、またその仕事は、一つの筋の通った物語を構築することともいえるだろうから。その線でちょっと書いてみようかなと思ったり思わなかったり。

  それはともかくとして、『響け!ユーフォニアム』における「特別」も、この2期でより複雑な陰影を帯びたように感じられました。そこら辺もちょっと宿題にしておきましょう。


 

 

 

 

 

【作品情報】

‣2016年

‣監督: 石原立也

‣原作:武田綾乃

‣シリーズ構成・脚本:花田十輝

‣キャラクター原案:アサダニッキ

‣キャラクターデザイン:池田晶子

‣シリーズ演出:山田尚子

美術監督:篠原睦雄

‣音楽:松田彬人

‣音楽制作協力:洗足学園音楽大学

‣アニメーション制作:京都アニメーション