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月光の如く――『ムーンライト』感想

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 試写会で『ムーンライト』をみました。強烈な余韻を残すいい映画だったと思います。以下、感想を書き留めておきますが(公開前にもかかわらず)特にネタバレ等へと配慮はしませんのでご容赦を。

  三つの名があり、三つの貌がある。リトル、シャロン、ブラック。アメリカ合衆国アフリカ系アメリカ人として生を受け、生きる男の人生。三つの時間を切り取って、その孤独で、しかし静かな情熱を秘めた生を語る。

 『ラ・ラ・ランド』を破りオスカーを勝ち取ったことで話題沸騰という感じの『ムーンライト』ですが、前者が楽しさと喜びに満ちた極めてゴージャスな夢のような映画だったのに対して、後者は極めてソリッドで、寡黙にして抑制されたトーンが全編を貫いている。しかしどちらの映画にしても、普遍的なドラマを提示してエモーションを喚起するという点では共通していて、『ムーンライト』はアメリカのアフリカ系アメリカ人の、性的少数者という、いわばマイノリティのなかのマイノリティを扱っているにも関わらず、普遍的な恋愛映画という雰囲気がある。アメリカのマイアミを主要な舞台とするという場所性、その場所を背景として「黒人」の、性的少数者のドラマを描いているのにも関わらず。

 もちろん、リトル/シャロン/ブラックが、「アメリカ」の「黒人」で「性的少数者」であることは、物語のなかに深い影を落とすし、たぶん巨視的な視点から眺めるならば、それが彼の人生を成形してゆく。小学生の時分から「おかま」だとさげすまれ、アフリカ系アメリカ人のグループのなかでものけ者にされる。また近しい人間もドラッグに深くかかわっている。あるものは使用者として、あるものはディーラーとして。そして彼もやがてはそのドラッグをめぐる関係のなかに、自身の生きる場所を見出していく。母親の人生は、そしてそれに否応なしに影響を受ける自分自身のは、ドラッグによってずたずたに引き裂かれたということを知りつつ、あるいは父親代わりの人間は、ドラッグの売買を生業にしていたがゆえに非業の死を遂げたことを知りつつ、彼もまた、偶然の出会いによってその職業に自身の生きる場所を見出す。

 そのような大きな権力関係、社会の関係性のなかで、彼の人生は形作られているのだけれど、そうした巨大な問題について、その網の目のなかに組み込まれて生きるしかない一人の男が、ヒーローのように抗えるわけではない。これはヒーロー映画ではない。だから、そうした大文字の社会ではなくて、彼自身の感情のドラマにフォーカスをあてて、それが成就したとき、この映画は終わる。

 リトル/シャロン/ブラックの感情というのが、タイトルにあるように月光のようなもので、彼自身がみずから感情を強く表現するということはまるでない。幼少期からのけ者にされてきた彼は、無感情に振る舞い続けることによって、あるいは「売人」という役割に則った演技によって、自分自身を防衛しているように見える。しかし、そのような彼に太陽のように働きかけてくれる他者たちがいて、その感情を受け取ったときに、彼自身の感情も強く喚起される。父親代わりの人間にしても、強く惹かれあう人間にしても、母親にしても、彼に強い感情をぶつける人間たちがいて、はじめて彼もまた感情を発露させる。

 彼の人生を決定的に捻じ曲げた出来事も、ある意味では強烈な負の感情へのリアクションであったように、この感情の連鎖はすべてがすべてポジティブなものではないのだが、それでも、人が月の光のなかでは別の色を帯びて眺められるように、ある種の関係性によって人の人生も別種の色を帯びる可能性があるのだということ、月光のごとき感情の揺らめきにはそのような希望が託されている、と思う。

 

 

ムーンライト

ムーンライト

 

 

【作品情報】

‣2016年/アメリカ

‣監督: バリー・ジェンキンス

‣出演