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彼女をたよりに世界を歩け――映画『夜は短し歩けよ乙女』感想

映画「夜は短し歩けよ乙女」日めくり

  アニメ版『夜は短し歩けよ乙女』をみました。あの超絶ウルトラ大傑作『四畳半神話大系』のスタッフ再結集ということで、もはや勝利は約束されていたわけですがやはりめちゃくちゃ楽しかった。湯浅政明監督、『四畳半神話大系』のときは『夜は短し歩けよ乙女』アニメ化は(同じスタッフでは)難しいだろう、というニュアンスのことを語ってらっしゃった記憶があるのですが、いや、実現していただいてほんとよかった。以下感想。

 四つの/一つの夜

 誰しも心に思い浮かべずにはいられない、薔薇色のキャンパスライフというものがある。しかし幻の至宝と謳われしそれの内実を知るものは、絶無といってさしつかえない。あるいは学業での比類なき達成、あるいはサークル活動での栄光と名誉、あるいは乙女との甘酸っぱい交友…。そのいずれも薔薇色のキャンパスライフの一端を成すものでありながら、しかしそれだけでは薔薇色のキャンパスライフは現前しないともいわれる。とはいえ我々は幸福である。その薔薇色のキャンパスライフの体現者とでもいうべき人物を、スクリーンで眺めることができるのだから。酒を飲ませれば並び立つものなき酒豪、古本市にあっては神と戯れ意中の本との出会いを保証され、学園祭では悲劇のプリンセスを演じその名をとどろかす。そして街中に広まり人々をばったばったとなぎ倒す風邪の猛威すら彼女の前では無力。興味と関心のおもむくまま夜を歩くその黒髪の乙女こそ、薔薇色のキャンパスライフの体現者というにふさわしい。遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ。彼女が歩く、一夜の物語を。

 森美登美彦の原作をベースに、四つの夜の物語をまるで一夜の出来事のように語ってみせた映画『夜は短し歩けよ乙女』は、『四畳半神話大系』がそうであったように現実と幻想とが入り混じる浮遊感ある幻想世界としての京都をスクリーンに現前させる。シンプルな線のキャラクターたちが伸縮自在に躍動し、走り回るアニメーションの動きの魅力は『四畳半神話大系』の正統進化という感じ。予告でもそれは十全に伝わってきましたが、『四畳半神話大系』の世界と地続きの世界が確かに存在する!というところでまず非常によかった。

 このアニメ版のなによりの特徴は、先にも述べたように原作で異なる4つの夜が舞台になっていたものを、一つの夜の出来事として提示した点。一つの夜のうちに季節は巡っていくのだが、あくまでも語り手である乙女には「一夜の出来事」というふうに感受される。その1年という時間が圧縮された一夜の出来事、一夜の出来事なんだけれども1年という時間の経過を感じさせもする、という錯時的な感覚は、現実と幻想が溶け合う世界のなかですわりがいい。加えて、時間の流れる感覚というのが若者と老人とでは無限ともいえる隔絶がある、すなわち老いれば老いるほど時間の経過が光の如く早くなっていく、というのも映画で強調され、だから一夜の出来事がこれほど豊かであるのは、まさしく若者の特権を謳いあげるものでもあるのだろう。

彼女の/私たちの歩くとき

 その世界の豊かさを誰よりも享受するのが黒髪の乙女であり、だから彼女はその夜において唯一無二の主役でありうる。

「不毛と思われた日常はなんと豊穣な世界だったのか。ありもしないものばかり夢見て自分の足下さえ見てなかったのだ」

  これは『四畳半神話大系』において語り手の「私」が無限の四畳半を孤独に漂流したのちたどり着いた境地だが、黒髪の乙女には(おそらく生まれながらに)この感覚といううのが備わっているように思われる。彼女は世界の豊かさを誰よりも知る。そしてその豊かさというのがどこから生じるのかも。

 その豊かさの生じる所以は、すなわち縁。彼女は歩く道すがら出会う人出会う人、それぞれに縁を見出し、それによって導かれるままにまた歩き出す。誰かの誘いによって世界がまた豊かな相貌を帯びることを知るがゆえに、たとえそこに如何なる困難が立ちはだかろうとも、たぶん彼女はきままに歩き続けるのである。そして彼女を眺めるものはまた、彼女を眺め続けた自身の歩みのうちにも、世界の豊かさが含みこまれていることを知る。彼女によって世界の豊かさへと先輩が、そしてそれを眺める私たちが出会い物語は幕を閉じる。この幻想的な一夜において、あるいは映画館でみたひとときの夢のなかで、彼女は間違いなく主役で、最強のヒロインで、不滅のヒーローだった。その彼女の開いた世界を、私たちは歩くことができる、これほど幸福なことはないだろうと、思う。

 

 というわけで最高でした。『四畳半神話大系』もそうでしたが、オリジナルの挿話がまったく浮いていないのがとんでもなくすごい。そして学園祭事務局長の女装癖という原作では特に生かされることのなかった設定を梃にオリジナル展開を切り開くのほんとすごい。とにかく楽しかったので、5月の『夜明け告げるルーのうた』も大変楽しみです。

 

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夜は短し歩けよ乙女 オフィシャルガイド

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【作品情報】

‣2017年

‣監督:湯浅政明

‣原作:森美登美彦

‣脚本:上田誠

‣キャラクター原案:中村佑介

‣キャラクターデザイン・総作画監督:伊東伸高

美術監督:上原伸一、大野広司

‣音楽:大島ミチル

▸出演