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彼らを忘れた私たち、あるいはその帰還――『劇場版ポケットモンスター キミにきめた!』感想

劇場版 ポケットモンスター キミにきめた! パンフレット

 『劇場版ポケットモンスター キミにきめた!』をみました。以下感想。

  20年。それは途方もない長い時間だという気もするし、あっけないほどあっという間に過ぎ去ってしまったという気がする。その20年のあいだ、不意の中断は差し挟まれつつも、連綿と語り続けられた物語があった。旅の仲間との出会いと別れを繰り返し、歩み続けてきた少年はいまでもまだ少年のままで、かつては彼より幼かったぼくはといえば、最早少年とはいえないくらいには年齢を重ねた。その20年後に再び語られる、すべての始まりの物語。

 アニメ版『ポケットモンスター』の20作目は、これまでの劇場版とは趣向を大きく変え、少年サトシの冒険の始まりを再び描く。昨年の夏に大きな盛り上がりをみせた『ポケモンGO』がそうした感じを帯びていたのと同様に、かつてポケモンと一緒に旅した――そしていまはもう旅することをやめてしまった――世代をターゲットにしていて、もはや終わることのない物語である『ポケットモンスター』にひとつの決着をつける、そういうお話でもあるように感じられた。

 かつて彼がマサラタウンから旅立ったとき、彼の旅する世界のことは誰も知らなかった。おそらくは物語の語り手でさえも。たぶん、彼の旅が始まったとき、20年後もまだ彼が旅をつづけているのだということを、これほどまでに世界が広大かつ豊かになっていることを、想像することは極めて困難だっただろう、と思う。だから彼の旅のはじまりをいまこの20年後の時点で描くならば、それはこの広大で豊かな世界をこそ前提とする。だから、彼の旅の始まりの物語は、私たちが知るそれとは相貌を異にする。

 そしてそれと同時に、彼がいままで歩んできた、あるいは私たちが重ねてきた20年という時、これが彼の旅路に対する私たちの目線を否応なしに規定する。私たちのよく知る世界、その手触りが記憶から引き出され、物語に特有の意味を与える、そういう形でこの映画は私たちの記憶と巧妙な共犯関係を結ぶ。

 もし仮に、こんな仮定にたいした意味はないのだが、この物語を、この世界を、まったく知らない、馴染みがない人間がこの映画をみたら、物語の進行の速度に違和感を覚えるのではないだろうか。あまりにも早すぎる和解、あるいは別れ、などなど、2時間という尺のなかで描くにはあまりに積み重ねがない、という感じを受ける。しかしそんなことはどうでもよくて、何故なら少年が別の仲間と旅していた時のことを私たちは知っていて、その記憶を喚起するという機能をそれぞれの場面が担っているのだから。その意味で、『劇場版ポケットモンスター キミにきめた!』は非常にずるい映画だと思う。

 

 一方で、作品世界に対するスタンスとしては、ある意味で『ミュウツーの逆襲』へのアンサーと見立てることができるように思う。劇場版第1作である『ミュウツーの逆襲』は、シリーズがまだ歴史を重ねていないがゆえに、不確かな足場の上に立たざるを得ないということを極めて自覚的に引き受けたうえで、ポケモンという架空の生き物が躍動するフィクションの世界を立ち上げようとした作品だ、と思う。

  それについては以下の記事で書いた。

 

 それに対して、この『キミにきめた!』はその世界がそれ自体として自立しているのだということを、いわば『ミュウツーの逆襲』によって創造され切り開かれた世界を、再び自覚的に引き受けている。この映画のなかで、おそらくいままでのシリーズでは描かれてこなかったであろう可能性が提示される。それはすなわち、ポケモンなき世界。しかしポケモンが存在しない世界にあってなお、その残滓がそこかしこに顔をのぞかせ、そして少年は思い出す、自身が大切な仲間と旅をしていたことを。この一連のシークエンスは、まさしく一度ポケモンを忘れ冒険をやめて、しかしこの映画館にいる人間のメタファーではなかろうか。記憶と忘却の海のなかに、冒険の日々は埋もれてゆく運命をもつ。しかし忘却などもはや問題にならない。私たちが記憶していようがいまいが、彼らはきっと、ずっとそこにいるのだから。そうした世界への信頼こそ、『キミにきめた!』が、あるいは20年という時が切り開き創造した、フィクションの可能性の一端なのだ。

 

 というわけでたいへん楽しかったです。ありがとうという気持ち。

amberfeb.hatenablog.com

 

 

 

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【作品情報】

‣2017年

‣監督:湯山邦彦

‣原案:田尻智

‣脚本: 米村正二首藤剛志(一部)

‣キャラクターデザイン・総作画監督一石小百合

‣音楽: 宮崎慎二

‣アニメーション制作:OLM