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総力戦の経験――『ダンケルク』感想

DUNKIRK

 『ダンケルク』をIMAX・字幕版でみました。期待以上のやつでぶっとびました。以下、感想。

  1940年。フランス北端、ダンケルク。ドイツ軍により追い詰められたイギリス・フランス両軍の兵士がそこにいた。その数おおよそ35万。彼らに残された途は、撤退以外ありえない。

 絶体絶命の窮地に立たされたイギリス軍の撤退作戦を、陸・海・空の三つの視点を同時並行させて描くこの『ダンケルク』が際立っているのは、3つの空間におけるドラマを同時展開させつつ、しかしそれらが時間的には微妙にずれていて、その時間差を巧妙に利用して100分超の上映時間すべてに鋭い緊張感が持続していることにある。

 クリストファー・ノーラン監督はこれまでのフィルモグラフィのなかでも、時間を再配置した独特の作劇を我々に提示してきた。『メメント』ではばらばらに切り刻まれた時間を巧みに再配置することで記憶を失いつつ生きる男のリアルを描き出したのだし、『インターステラー』では広大な宇宙を舞台装置に時間をめぐるドラマを語った。それらはまさしく時間を操作する技術によって独特の魅力を作品に与えたわけだが、一方で『ダークナイト・ライジング』のクライマックスのように、異なる空間で同時展開する危機的状況によって緊張感を持続させようという試みは、それほどの効果をあげてはいなかった、という気もする。

 しかしこの『ダンケルク』において、複数の空間を異なる時間感覚を伴って描き出すことによって、自身のフィルモグラフィのなかで培われた演出が結晶して無比の映画が生み出されたのではないか、という気がする。ダンケルクでなんとか生き延びようとする兵士、空からそれを支援するために戦うパイロット、そして兵士を救い出すためダンケルクへと向かう市民、彼らがそれぞれ別個のものとして経験する戦争が、別個の経験であるにもかかわらず空中分解せず、確固とした一つの映画として成立している。それを成り立たたせているのは編集の妙もさることながら、さながらタイムリミットまでの刻限を告げる秒針のごとく不穏に鳴り響くハンス・ジマーによる劇伴の力ではなかろうか。不穏で確かな音の基盤のうえに、別個の経験が統御され、個別の経験としての戦争が、総力戦として経験される一つの戦争へと接続されるのである。

 総力戦。20世紀にいたり、人類が経験した未曽有の戦争の形態。マイケル・ハワード『ヨーロッパ史における戦争』を紐解くならば、ヨーロッパ中世以来、戦争の形態は一定の方向性をもって変化していったことが了解される。その方向性とは、一つは兵士の専門化、もう一つは戦争の全体化である。実際に戦争で戦う兵士は、次第に素人の片手間ではなく訓練された職業軍人が主要な担い手となっていく一方で、戦争そのもの兵士だけでなく「銃後」の人々、国民国家における国民すべてが戦争になんらかの仕方で関わるようになるという、アンビバレンスな過程。その極限が、第一次世界大戦第二次世界大戦というふたつの総力戦に他ならない。

 ダンケルクからの撤退戦にフォーカスをあてたこの『ダンケルク』では、銃後の人々にそれほどスポットがあたるわけではないが、それでも、国家の戦争に進んで協力し、死地へと赴く民間人を主役の一人に据えたことによって、「総力戦」というものを強く想起させる雰囲気をまとった。スポットがあたる登場人物が知りえないことは、語られないし映されもしない。だからドイツ兵の顔など映さないし、船の外で起きている出来事は登場人物が船室にいる限り決してスクリーンに映らない。そのことが、この映画全体に「個別の経験」のつなぎ合わせのような雰囲気を与えている。

  個別の経験が一つの巨大な戦争という文脈に接続され、その戦争によって個別の生が意味づけされてゆく。彼らが故郷の土を踏んでなお、もはやダンケルクがはるか遠くにあってなお、この映画が終わらないのは、その意味づけ、すなわち無残な敗退ではなく消極的ではあれど名誉ある勝利として、世界=国民国家のなかで、あるいは歴史のなかに記憶されるその瞬間こそ、個別の経験が全体へと接続される総力戦の徴だからだろう。

 総力戦の経験を暗喩的な仕方で、極めてサスペンスフルに凝縮したこの『ダンケルク』は、紛れもなく戦争映画の傑作であると確信する。

 

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  戦争映画のアップデートという意味では、『この世界の片隅に』に匹敵するのでは(巨大な主語で雑語りするのやめような)

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【作品情報】

‣2017年/イギリス、アメリカ、フランス、オランダ

‣監督: クリストファー・ノーラン

‣脚本: クリストファー・ノーラン

‣出演