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その人生の唐突さ――『15時17分、パリ行き』感想

【映画パンフレット】 15時17分、パリ行き

 『15時17分、パリ行き』をみました。もうみてから1週間以上経ってるのであれなんですが、感想を書いておきます。

  2015年8月21日、15時17分、アムステルダム発パリ行きの高速列車タリス。その車内で起こる恐ろしい出来事を知るものはなかった。大量の銃器を車内に持ち込んだ、ただ一人を除いては。

 クリント・イーストウッドの最新作は、『アメリカン・スナイパー』、『ハドソン川の奇跡』に続いて、またもや現実の出来事を素材にし、英雄的な人物として表象されるアメリカ人を描く。ただ本作の際立っている点は、その事件の当事者たちを役者として起用し、映画が事件の再現/再演となっている点にある。それはたとえば『アクト・オブ・キリング』のなかで、虐殺者たちが撮影ていた(完成をみなかったと思われる)劇映画が、実際に完成していたならば、こういう形式を伴ったのではなかろうか、と思うのだけど、この映画の異様さはその形式のみにあるのではなく、その特異な形式にもかかわらず、90分という極めてタイトな上映時間のなかで事件が生起し解決する、ある種の典型的な娯楽映画として楽しむことができる、という点においても、極めて特異なのだ。

 特異といえば、短い上映時間のなかに、3人の若者たちがローマやベルリン、アムステルダムなどを観光するシークエンスが悠々と導入されているのもまた特異だろう。ここで一気に雰囲気は弛緩し、おそらく生涯に一度の――それは現実には奇妙なことに、二度体験されることになったわけだが――大旅行を楽しむ若者三人に流れる幸福な時間は、列車という密室のなかでこれから起こることを既に知る私たちにさえ、そのことを忘却させるほど楽しい。それが、列車内の出来事の唐突さを強調する効果も間違いなく生んでいるように思う。

 唐突さ。それは列車内の出来事に限らず、映画のなかを生きる人間たちを支配するある種の格率でもある。幼いころに学校空間のなかで異端者の烙印を押された3人の悪友どもは、唐突に出会い、唐突に別れ、そして唐突に再会する。3人のなかでも、とりわけカメラが主要な人物として映し出すスペンサー・ストーンの人生は、たとえば『アメリカン・スナイパー』のクリス・カイルや、『ハドソン川の奇跡』のチェスリー・サレンバーガーの人生が、ある種の天職と密接に結びついた人生=を、スクリーンに投影されたのとはきわめて対照的に、偶然性に左右され唐突にその道を閉ざされたりすることで、曖昧なものとして提示されている、という気がする。その唐突さを畏れるな、確かにあるであろう幸福な時間に出会えたならば、身を委ねるのが最上なのだ、というある種のエートス、それが唐突さに翻弄された英雄の骨格なのだと思う。

 

 

 

 

amberfeb.hatenablog.com

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15時17分、パリ行き (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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【作品情報】

‣2017年/アメリカ

‣監督:クリント・イーストウッド

‣脚本:ドロシー・ブライスカル

‣出演

  • スペンサー・ストーン - 本人
  • アンソニー・サドラー - 本人
  • アレク・スカラトス - 本人
  • ジョイス・エスケル - ジュディ・グリア: スペンサーの母。
  • ハイディ・スカラトス - ジェナ・フィッシャー: アレクの母。
  • アヨブ・エルカザニ - レイ・コラサーニ: 銃乱射事件の犯人。
  • マーク・ムーガリアン - 本人: 列車の乗客。
  • イザベラ・リサチャー・ムーガリアン - 本人: 列車の乗客。マークの妻。
  • クリス・ノーマン - 本人: 列車の乗客。
  • ヘンリー先生 - P・J・バーン
  • コーチ・マーリー - トニー・ヘイル
  • マイケル・エイカーズ校長 - トーマス・レノン
  • 少年時代のスペンサー - ウィリアム・ジェニングズ
  • 少年時代のアンソニー - ポール=ミケル・ウィリアムズ
  • 少年時代のアレク - ブライス・ガイザー
  • リサ - アリサ・アラパッチ