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うつくしい彼岸の幸福――『ファントム・スレッド』感想

Ost: Phantom Thread

 『ファントム・スレッド』をみました。言語を絶した傑作です。以下、感想。

  美しいドレスを作ること。それが男のすべてだった。美しいドレスは、美しい身体のためにこそ作られ、その身体にこそ装着されねばならない。男は出会う、理想の身体に。その身体は彼を魅惑する。しかし身体のうちにある魂は、デザイナーの手をはるか離れ、逆にデザイナーをあるべき姿に彫像しようとする。ふたつの身体と魂はどこに辿り着くのか。

 1950年代のイギリスのファッション業界を舞台に、男女のあいだに流れる曰く言い難い時間を映し出す。ポール・トーマス・アンダーソン監督作にして、ダニエル・デイ・ルイスのキャリアの最後を飾る作品。両者のタッグは『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以来だが、実在の人物を(おそらく)モデルにしつつ、あくまで架空の名を与え架空のドラマを語る、という形式において、両者は相似形である。

 しかし、両者には決定的な差異がある。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』でデイ・ルイスが演じた石油採掘を目論む山師ダニエル・プレインビューは、あらゆることを欲望したが、そこに女性の存在は奇妙なまでに存在感を失調させていた。一方で、『ファントム・スレッド』は徹頭徹尾、女の映画である。

 思えば、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以降のアンダーソン監督のフィルモグラフィはいずれも、「女の謎」の重力圏とでもいうべきもののなかにあった。『ザ・マスター』においては、女は明らかに男を支配する「マスター」の役割を与えられていたのだし、『インヒアレント・ヴァイス』の事件が「運命の女」によってもたらされたものだったことは確認するまでもなかろう。

 『ファントム・スレッド』もまた、支配しようとする女の物語だといっていいと思うのだが、全体のトーンは奇妙にきらびやかで、画面の美しさは人間の感情の生々しさを脱臭しているような感覚がある。また、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以来アンダーソン作品の緊張感ある雰囲気を醸成していた一因だったジョニー・グリーンウッドのスコアが大きく変貌していることも、雰囲気のきらびやかさに拍車をかけているような気もする。久石譲的にメロディが前景化し、くぐもったようなピアノの旋律が美しく響くこのサウンドトラックは、ジョニー・グリーンウッドのキャリアのなかでも異色であり、かつ出色のサウンドであるように思う。

 こうした美しい雰囲気で語られる奇妙な関係、そのなかでゆらめく感情の機微は、はっきりって我々の理解を絶するものであるように思われる。完全無欠の職人ではなく、弱者としての男を愛したいと欲望する女。この、自身にとって存在と尊厳を根こそぎにするような欲望を、男は受け入れるのである。ここにいたって、我々は美しい画面のなかの出来事は、我々の理解を絶した彼岸の出来事であったがゆえに、奇妙な美しさを纏っていたのだということに気付く。彼岸のことを、僕は知らない。だから、それを語る言葉も、見つけられないのだ。

 

 

 

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Ost: Phantom Thread

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【作品情報】

‣2017年/アメリカ

‣監督:ポール・トーマス・アンダーソン

‣脚本:ポール・トーマス・アンダーソン

‣出演