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インテリとその信念――松下竜一『砦に拠る』感想

砦に拠る (ちくま文庫)

 松下竜一『砦に拠る』を読んでいて、これがめちゃくちゃ面白かったので、感想を書いときます。

  1950年代末。大分・熊本県境の山村に、ダム建設、それに伴う住民の立ち退きが通達される。生まれ育った故郷を捨てるなんざありえない。その声を、あるいはそうしたものとは隔絶した、激烈極まる自負心を背景に、10余年に及ぶダム反対闘争を闘い抜いた男がいる。男の名は室原智幸。自身の山に砦を築き上げ、また一方で無数の訴訟をもって、国家と対峙した男。我々は知る、その闘争と敗北の跡を。

 本書はそのダム反対闘争を、なによりも室原という強烈な個を核心として、とりあげたドキュメント。砦を築き上げ籠城し、ときに警官やらと激突までしたこの闘争自体の外連味、そして運動のたどる変遷と顛末自体も相当におもしろいのだが、それをはるかに凌駕するのは室原智幸という圧倒的な個の吸引力。

 山林地主の長男に生まれ、大学進学のために上京して、大正デモクラシーの空気を吸って、ふたたび故郷の山村に戻る。町会議員などもつとめたが、やがてインテリの変人と半ばさげすまれて日々を送っていた男が、人生の最後に闘争に命の炎を燃やす。

 本書は、上記で要約した室原という人間の、そうした経歴からかるがると逸脱していくような、複雑極まるパーソナリティを摘出するために書かれた、といっても過言ではないのではないか。国家に対抗する理念として民主主義を持ち出す一方で、運動を展開するにあたっては極めて独断的・独裁的に物事を決めていく、あるいは地主というブルジョワジーでありながら、闘争にあっては労組の力を利用もする。そうした矛盾が矛盾なく個のなかに同居する、この不可解こそが人間なのではないか、という気がする。

 とりわけ、民主主義を標榜しながらも、それを自身の運動において実践する気は全くない、という姿勢は、すげえインテリ的だなと思う。インテリ的というか、日本的インテリ、つねに借りものでしかない理念でもって、世界と対峙しなければならない宿命をせおったがが故の、どうしようもない矛盾が、この室原という個において結晶している、気がする。だから室原の道化じみたその姿は、半世紀の時をこえ今なお現代的なのだと思う。

 

 

砦に拠る (ちくま文庫)

砦に拠る (ちくま文庫)