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夕暮れ時に見つけたもの――アニメ『刻刻』感想

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 アニメ『刻刻』をみました。漫画版は何かのタイミングで途中まで読んだのですが、いやはや、アニメ版はなかなかの秀作だったと思います。以下、感想。

  誘拐された幼い甥。謎の石の力を呼び覚ました祖父の導きで、時の止まった世界、「止界」に導かれる女。誰も動かないはずのその世界では、しかし怪しげな連中が石の力を狙ってうごめいていた。

 堀尾省太による原作を、『虐殺器官』のジェノスタジオがアニメ化。原作の岩明均風の絵柄は、梅津泰臣の原案によっていかにも梅津的たたずまいをもつキャラクターにリファインされ、原作とは一味ちがった独特の作品世界をかたちづくる。

 「時の止まった世界」での、基本的にはささやかな異能を用いた丁々発止のやりあいがこの作品の大きな魅力。西武線沿いの郊外的なローケーションを、敵も味方も外部からの助けを呼ぶことができない閉鎖空間へと変貌させるアイデアが見事というほかない。限定条件下での知恵比べは冨樫義博の作品(というか『ハンターハンター』)を想起させもするが、この『刻刻』では戦闘のプロフェッショナルなど(『ハンターハンター』的な意味においては)存在せず、ある種素人のいきあたりばったりで場面が進行したりするのだが、それがこの作品に独特のおもしろみを与えているのは言うまでもない。

 時の止まった世界で、この作品全体を規定する夕暮れの街並みは、どこか奇妙な郷愁を誘いもする。それはこの物語を貫く力が、「家族の住む家に帰る」という意志であることと響きあってもいる。夕暮れ時とはだれしも(かつて/もしくはいつか)家に帰るべき(だった)時間なのだから。

 そしてこの「家族の待つ家」というイメージの内実を、決して保守的で堅牢なものとしなかった点に、疑いなくこの『刻刻』の美点の一つはあるだろう。この物語ははじめから、「父のいない子ども」の命を助ける、という動機で始まったわけだが、結末においてもやはり、「父のいない子ども」が(実時間のうえでは)瞬く間に出現し、「家」のなかにおさまってしまう。この結末は、姉の「父親もわからない子ども」もまた、この長く短い/存在すらしない冒険の果てにそこに現れたのかもしれないという空想を誘う。

 「時の止まった世界」という設定はもしかしたら、アニメよりもむしろ漫画という媒体において、より批評的であったのかもしれない。アニメは否応なしに(少なくとも見かけ上は)動いてしまっているが、漫画のコマの一つ一つを取り出せば、それはあたかも静止した一つの世界のようにみなすこともできるだろうから。とはいえ、限られた世界のなかに限定された世界、というのはあらゆるフィクションのまとう特質でもあるのだから、このアニメ『刻刻』もまた、我々とは異なる時空間に屹立する一つの世界ではあるのだろう。我々はほんのつかの間それを垣間見、もしかしたら得難い何かを持ち帰ることができるのかもしれない。あの家に住まう人々が、夕暮れ時に何かを見つけ、それぞれの仕方で何かを持ち帰ったように。