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病と偏見―『ダラス・バイヤーズクラブ』感想

ダラス・バイヤーズ・クラブ

 

 『ダラス・バイヤーズクラブ』をU-NEXTでみました。マシュー・マコノヒーとジャレド・レトーの演技というか佇まいにぶっとばされて感想を言葉にするのもあれかなという感じなんですが、一応思ったことを書き留めておこうと思います。

 病との闘い、「普通のひと」との闘い

 『ダラス・バイヤーズクラブ』はHIVに冒された主人公が、どうにか生きるために必死に闘う映画と要約できるのではと思います。まずその病に冒されているという状況の説得力が半端ない。マシュー・マコノヒー演じるロンをはじめとするHIV患者たちは、本当に病気だとしか思えないような雰囲気を湛えているのがすごい。頬はこけ棒きれのようにやせ細った姿は、みているだけで痛々しい。『インターステラー』で家族を守ろうとした父親と、病と闘う男が同一人物とは到底思えない。そりゃアカデミー賞も勝ち取るわなと納得しました。その身体の不調が耳鳴りという不快な演出を通して伝わってきて、すごい没入感だった。

 そんな彼が病と闘うためにとる戦略は、想像の斜め上をいっていた。自ら知識をまなんだロンは病院で十分な治療を受けられないと知るや否や、職員を買収して薬をせしめようとし、やがては効果的だがアメリカでは認可されていない薬を密輸すらする。このスーパーポジティブ闘病は、実話だからこその説得力があるという気がする。これがフィクションだったら医者のプロフェッショナリズムにいたずらに疵をつけるような挑発だと受け取られないのでは、とさえ思う。

 

 そうした生きるための闘いと同時に、彼は「普通のひと」たちが持つ、HIV患者への偏見とも闘わなくてはならない。学校やらなんやらでさんざんエイズに対する正しい知識、みたいなことを教えられてきた僕の世代からすると、この当時のエイズへの偏見はちょっと想像できなかったりもするのだけれど、医者でさえロンのホモセクシャルを疑うような言葉を発したりとかして、当時の「普通のひと」たちの偏見ってのはすごかったのだなと。

 そしてこの「普通のひと」たちは、かつてのロン自身の鏡でもある。俳優ロック・ハドソンHIV感染に対して「ホモ野郎」と罵ったロン自身が、すぐさま全く同じレッテルを張られることになる*1。だから「普通のひと」との闘いは、かつてのロン自身との闘いでもある。彼のその闘いは、はたしてどういう結末を迎えたのかはわからない。彼自身が「生き延びる」ことに必死だったから、そんなことはたいした問題ではなかったのかもしれない。しかし、あれほど邪険にしていたレイヨンとの関係の変化をみると、「普通のひと」たちの偏見はともかく、自分自身がもっていた偏見からは解き放たれたのかな―、なんて思ったりもしました。

 

 というわけで大変面白く観たのですが、やっぱり病気に冒されたひとたちの姿をここまで迫真性をもって描かれていると、何度も何度もみたい、とはならないかなとも。つらい。いやいい映画だと思うんですけどね、もちろん。

 

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【作品情報】

‣2013年/アメリカ

‣監督:ジャン=マルク・ヴァレ

‣脚本:クレイグ・ボーテン、メリッサ・ウォーラック

‣出演(日本語吹替)

*1:北北西に進路を取れ』の俳優、みたいなことを劇中でいってたけど、ケリー・グラントと勘違いしていたっぽい?どういう意図があるんだろうか。