『海がきこえる』をみました。観るのはかなり久しぶりだったのですが、やはりとてもよかったです。せっかくなので感想を書き留めておこうと思います。
里伽子は魅力のなさが魅力
高知から東京の大学に進学した、杜崎拓。彼は吉祥寺駅のホームで、見知った女性とよく似た人影を目にする。その後、夏休みに帰郷する飛行機のなかで、杜崎はその女性、武藤里伽子のことを思い出す。
杜崎と里伽子、そして杜崎の親友である松野豊の三者を軸に彼らの淡い高校生活を描く本作は、杜崎と里伽子の関係よりもむしろ、杜崎・松野の関係が豊かに描かれているなあと感じた。転校してきた里伽子との出会いから杜崎の回想は始まるけれども、その後中学時代からはじまった親友、松野との関係のほうが、杜崎にとって重要だった、というか彼の内面を構成する大きなファクターだったんだなあと。松野が里伽子に惹かれているのを横目でみて、「松野の本当のよさが女にわかるか」とかごちったりとか、「あの」修学旅行の中止をめぐる杜崎と松野が特別な感情(友情?)を抱くきっかけとして想起される私秘的な出来事を里伽子に喋ったことに複雑な気分になってみたりとか。変に気を使ったことで逆に関係が悪化して、それでも結局なんとなく和解する感じとか、すげえ本物っぽい感じがしてよいなあと思います。その機微がやはり魅力だなあと。
それにひきかえ、ヒロインの里伽子はさほど魅力的に描かれてない、というよりも結構イヤな奴として描かれてるなあ、とも。松野とえらい違い。計画のためなら人を騙すことも厭わないし、物事が思い通りに進まないと露骨に不機嫌な面構えになるし。高知という地方の人間にとって、東京の人間はなんとなくまぶしく見えるんだろうな、というのをさっぴいても、杜崎と松野が惹かれるのには、少なくとも僕には全然共感できなかった。でもそれが逆に本物っぽさがあるというか。痘痕も靨式にひどい奴でも惹かれてしまうってのは、里伽子と東京の彼氏、岡田の関係をみても描かれてるわけだし。はたから見てても全然わかんねえのが恋心なんだよ、みたいなことが、里伽子の嫌なやつっぷりによって雄弁に語られている気がする。
故郷と友情、恋心の発見
『海がきこえる』は、その恋心を杜崎が発見する、恋心に自覚的になる物語である。本作は高校の中での出来事が大きな時間をかけて描かれるが、物語にとっての重要な出来事が「上京」という経験であることはいうまでもない。だから『海がきこえる』は、上京を経て、恋心を発見する物語だといえる。恋心とともに、松野との友情や、故郷という場所も、高知を離れることで再び見出される。
杜崎は、明らかに里伽子に好意を抱いているとしか思えない行動をとる。多額の金銭を貸すのも、そして何より里伽子の東京行きに付き添うのは、彼が里伽子に内心ひかれていると考えなければ説明がつかないだろう*1。普通どうでもいいやつに付き添ってゴールデンウィークを潰したりはしないだろう。どの時点で杜崎がそういう感情を抱いたのか、はっきりとはわからないし、東京に同行した時点でもその感情に自身では気付いていない。
無自覚ゆえに里伽子と岡田の会話にどうしようもなく苛立ってしまう。そしてその無自覚は、学校祭の時期にいたっても続いており、それゆえの行動が松野をひどく傷つけ、友情にもひびが入る。
しかしその感情を彼に気付かせたのは、ほかでもない、その松野であった。帰郷して松野との関係を結びなおした杜崎は、彼にその感情を言い当てられることによって、はじめて恋心を明確に自覚するに至る。
上京という経験によって、世界は大きく広がり、今までみてきた世界も別様にみえてくる。そういう話だと思いました。はい。
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現代の東京に出る若者たちの物語といえば。
【作品情報】
‣1993年
‣監督:望月智充
‣脚本:中村香
‣出演
- 杜崎拓 - 飛田展男
- 武藤里伽子 - 坂本洋子
- 拓の地元の同級生
- 松野豊 - 関俊彦
- 小浜裕実 - 荒木香恵
- 山尾忠志 - 緑川光
- 清水明子 - 天野由梨
- その他
- 校長 - 渡部猛
- 川村 - 徳丸完
- 里伽子の父 - 有本欽隆
- 岡田 - 金丸淳一
- 杜崎拓の母 - さとうあい
- おかみさん - 鈴木れい子
- 見習い - 関智一
- 島本須美
- 桜井敏治
- 水原リン
- 植村喜八郎
- 山崎たくみ
- 三谷幸子
- まるたまり
- 久川綾