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アニメ『のだめカンタービレ』感想、あるいは漫画的表現と映像媒体のかみ合わなさについて

 アニメ「のだめカンタービレ」オリジナル・サウンドトラック

 

 青春危険ドラッグであるところの『心が叫びたがってるんだ。』をみた成人男性の約半数が「ピアノを習っていたら人生変わったのに」との思いを胸に抱いたことはよく知られた事実ですが、僕も御多分にもれずピアノさえやっていたら心が叫びたがってる女の子をアシストして青春を謳歌できたのにとの深い後悔に苛まれ、今からでも遅くない、今こそピアノのレッスンに通い文化資本を身体に蓄積するのだ、などと息巻いてみたものの悲しいかな僕にそんな根性はなく、しかしテレビと時間だけはあるので、Huluで『のだめカンタービレ』を視聴してピアノに対する理解を深め、それをもってレッスンに代えさせていただきました。クラシック音楽を短期間に大量摂取したおかげでこの身体から教養がほとばしり道行く人の目を集めたり集めなかったりする今日この頃です。そんなことはおいといて適当に感想を書き留めておこうと思います。

 

 指揮者を夢見るエリート音大生、千秋真一は、幼いころのトラウマから飛行機にも船にも乗ることができないためにクラシック音楽の本場ヨーロッパへと留学することかなわず、狭い島国でその溢れんばかりの才能を持て余していた。そんな彼が、アパートの隣室に住む超変人音大生、野田恵、通称のだめと出会ったとき、二人のドラマは動き出す。

 アニメ1期は、二人のドラマの「はじまりとはじまり」というか、最終話において二人がようやく同じ方向を向いて、そこへとはじめの一歩を踏み出すまでの物語が語られる。だから千秋とのだめの物語は、本編中ではびっくりするほど交わることなく、千秋がシュトレーゼマンという師との出会いと別れを経て、自らのオーケストラを率いて研鑽を積むパートと、のだめが音大生活を謳歌する様子とがほぼほぼ別立てで進行して、所属と住居を除けば(基本的には)のだめから千秋への幼い恋愛感情によってのみ千秋‐のだめ関係がつながっているような感があり、そのどことなく恋愛ドラマと音楽をめぐるドラマが有機的にまじりあったりはしない感じが不満でもあったんですけど、それはこの最終話のためにあったのだなと。2クール使って、千秋とのだめという対照的な二人の周りにある音大生の日常と、仲間たちの様子なんかを楽しげに描きつつ、最後にぐっと焦点が引き絞られる。

 それまで音楽をめぐっては重なることのなかった二人の歩みが、ようやく重なる瞬間が訪れ、SUEMITSU & THE SUEMITH「Allegro Cantabile」が鳴り響く最終話のクライマックスの爽快感たるや。それに代表されるように全体的にED曲の入り方が絶妙で、個人的には『桜蘭高校ホスト部』と肩を並べるくらいに好きです。

 そんなEDの入りの秀逸さと比べると、劇中での演奏場面は、なかなか演出に苦労しているような印象が。同じくノイタミナ枠で『のだめカンタービレ』(2007年放映)の5年後に放映された『坂道のアポロン』放映時は、「めっちゃ動くやん!『のだめカンタービレ』からだいぶ進歩してんな!」みたい感想をしばしばみかけたので、「紙芝居」と揶揄されてるのは知ってたんですが、うーん、なかなか。静止画と3DCG、たまに作画を組み合わせて演出されているのですが、なんというか映像的な快感には乏しい。3DCGは如何にも生硬で、ピアノのシーンなんかは力が入ってるのですが、全体的には正直あんまり自然じゃない。とはいえ多くても4~5人編成の演奏が主だった『坂道のアポロン』と、大人数のオーケストラがバンバンでてくる『のだめカンタービレ』を単純に比較はできないとも思いますが、後者は少なくとも映像で魅せる演奏シーンを演出はしていないな、という印象が。

 とはいえ、漫画である原作と比べると「実際に曲が鳴る」という圧倒的なアドバンテージがあるのも事実なわけで、アニメ、というか映像媒体ならではの強みは確かにある。むしろ音が鳴らないのにクラシックという素材を見事に料理してみせた原作の力量に脱帽、という感じ。しかしそのアニメならではの強みと、(おそらくは)原作の演出が、上手くかみ合っていない。原作を未読なので推測なのですが、漫画媒体で演奏の雰囲気を伝えるために、その演奏を聴く観客のモノローグ、台詞を書き込むことでその演奏のクオリティ、そして物語上の位置を伝えていると思われる。それは漫画媒体の制約からくる当然の選択、というか必定。その漫画的な演出がアニメ版にも流れ込んでいて、演奏中にモノローグが前面に出てくるのですが、それが「実際に曲が鳴る」アニメとどうにも合ってない、という印象なんですよね。曲をじっくり聴かせて!という。これは先にあげた『坂道のアポロン』も同様だったりするんですが、『のだめカンタービレ』のほうがよりモノローグがうるさかった印象。藤原啓治さん演じる面白音楽ライター佐久間学さんに顕著。

 そのモノローグでせっかくの曲への没入が疎外される反面、僕のような演奏の良し悪しやら雰囲気やらを十全には把握できないクラシック素人も、そのモノローグによって「あっ、この演奏はこういう演奏なのね」と理解できるので、単に悪いことばっかりでもない、とも思うんですけどね。モノローグのおかげで間口ははっきり広くなった。おかげで僕もストーリーにおいていかれることはなかったです。一長一短ですね。

 それでクラシックがわかるようになったかっていうと、うん、お察しくださいという感じ。CD借りて勉強しましょう。そして榎戸洋司さんがシリーズ構成・全話脚本をつとめておられる巴里篇もみます。正直それと幾原邦彦さんが演出しておられるオープニング目当てで見始めた感があるのですよ。あのオープニングは『輪るピングドラム』へつながるエッセンスみたいなものを感じとても好きです。それとのだめちゃんは川澄綾子さんのお声と演技のおかげで絶妙に愛せる感じになっているのがすごい。僕のアパートにものだめちゃんがいてくれたらと願います。

 

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  モノローグなど用いずとも、観客など映さずとも、ステージで起きている戦いを描き切った『セッション』のすさまじさを反芻する今日この頃。

 

 

 『のだめカンタービレ』関連CDのジャケットの横綱相撲っぷり。中身が素晴らしければジャケットのイラストなど使いまわしで構わぬ!という強烈な自負心を感じます。

のだめカンタービレ スペシャルBEST!

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「のだめオーケストラ」STORY!

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【作品情報】

‣2007年

‣監督:カサヰケンイチ

‣原作:二ノ宮知子

‣シリーズ構成: 金春智子

‣キャラクターデザイン: 島村秀一