宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

2016年2月に読んだ本

 寒暖の差が身体にこたえる今日この頃ですが、体調崩したりはせず元気にやっています。健康に生きていきたい。

 それと今月は『響け!ユーフォニアム』の月でした。大変心を揺さぶられた。

 「特別さ」と二つの涙 ――『響け!ユーフォニアム』感想 - 宇宙、日本、練馬

 先月のはこちら。

 2016年1月に読んだ本 - 宇宙、日本、練馬

 印象に残った本

理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ

理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ

 

  特に印象に残ったのは吉川浩満『理不尽な進化』。進化論に関する啓蒙書である以上に、われわれが知らず知らずのうちに拠って立っている世界観までもを浮き彫りにして見せる、非常に刺激的な本だった。

 一つの結論ともいえる、歴史の廃墟のなかに埋もれた、汚辱に塗れた者たちを救いとる、というグールド=著者のスタンス自体は目新しくはない(社会史との親近性なんかも言及されているし)と感じたが、結論のありきたりさはどうでもよく、それに至る理路、「私たち自身の進化論理解の理解」を、専門家の議論の争点から浮き彫りにしてみせるというのがめちゃくちゃ面白かった。以前も登ったことのある山に別のルートからアプローチしたらめっちゃおもしろかったみたいな。いやめっちゃ楽しいルート歩いてたらいつのまにか見覚えのある景色をみていた、ってほうが適切だろうか。とにかく楽しく読みました。

 ほか、映画の予習で読んでマイケル・ルイス『世紀の空売り』、著者つながりで読んだ『ブラインド・サイド』もすげえおもしろかったです。特に後者。

 

読んだ本のまとめ

2016年2月の読書メーター
読んだ本の数:29冊
読んだページ数:7443ページ

 

公共性 (思考のフロンティア)

公共性 (思考のフロンティア)

 

 ■公共性 (思考のフロンティア)

 第一部では現代における公共性をめぐる議論が整理され、第二部ではハーバーマスアーレントを中心的に取り上げ批判的に検討し、公共性をめぐる議論の歴史的な展開を辿る。ハーバーマスアーレントの思想とその限界、また現代における福祉国家と経済との関係性の変化など、クリアに整理されていて理解が進んだような気になった。このシリーズは短い紙幅のなかに議論が濃縮されていると感じるのだけれど、本書もその例に漏れずコンパクトに議論がまとまっているなーと。
読了日:2月1日 著者:齋藤純一
http://bookmeter.com/cmt/53788792

 

 ■中東から世界が見える――イラク戦争から「アラブの春」へ (岩波ジュニア新書 〈知の航海〉シリーズ)

 「アラブの春」を中心に、アラブ世界の様相を民主化、政治と宗教、若者という三つのトピックに着目して概説する。「アラブの春」で立ち上がった若者たちの目標は民主化というよりあくまで権威主義的体制の打倒にある、という点を指摘していて、そうすると後の軍事クーデタへの流れも矛盾なく流れるなーと。中心を担った若者たちは「暗い時代」しか知らない世代がである、といわれると(「暗さ」の内実はまったく違う、というのは大前提としても)日本に生きる僕の世代との共通性を見出したくなるけれど、高齢社会の日本に対してアラブ世界は若年層の割合が高いことがデモの様相の差に直結してるのかもとも。

 「ジャスミン革命」という言葉は一読したかぎりではみかけなくて、本書が書かれた頃は使われてなかったのか?となる。それとISもまだそれほど台頭していなかったor問題化していなかったのか、とも。出版からそれほど時間が経っているわけではないのに、いま「中東」を眺めようとするならまた別の印象になるんじゃないか、なんて思ったり。
読了日:2月1日 著者:酒井啓子
http://bookmeter.com/cmt/53794865

 

アメリカよ、美しく年をとれ (岩波新書)

アメリカよ、美しく年をとれ (岩波新書)

 

 ■アメリカよ、美しく年をとれ (岩波新書)

 アメリカ史研究者である著者が、半世紀以上にもわたるアメリカとの関わりを綴ったエッセイ。戦中から現代まで、アメリカに対する心象が連綿と回想されていて、アメリカイメージの変遷みたいなものが感じ取れるのが面白い。ブッシュ政権下のイラク戦争を経てアメリカがネガティヴなイメージと強く結びついてしまったことへの哀しみが後半になるにつれ濃厚に立ち込めている印象を受けた。
読了日:2月2日 著者:猿谷要
http://bookmeter.com/cmt/53827279

 

秘伝 中学入試国語読解法 (新潮選書)

秘伝 中学入試国語読解法 (新潮選書)

 

 ■秘伝 中学入試国語読解法 (新潮選書)

 第1部が父親の立場からの中学受験体験記、第2部が中学入試国語の解説となっている。第2部ももちろん読ませるのだけれど、中学受験なんて体験したことのないぼくにとっては第1部の実体験が知らないことばかりでとにかく面白かった。中学受験ってのはこうまで家族全体で一丸となって取り組む一大イベントなのかと。中学年から塾通いなんて小学生にとっては過大な負担なんじゃないかと読んでて思ったりしたのだけれど、石原は決してネガティヴなものとしてのみ受験体験を捉えているわけではない。都市の知識階級の通過儀礼みたいなものなのか。

 石原はたぶん他の多くの父親と比較すると自由な時間が多くて、しかも国語については的確に指導できて、だから塾通いにかける比重はそれほど大きくないのだろうけど(それでも地方の小学生とは比較にならない勉強量だと思うが)、これほどまでに家庭で指導はできないがゆえに、23時ごろまで塾でみっちり勉強してんのだなーと納得もしました。それでもやっぱりどうかと思うのだけれども。
読了日:2月3日 著者:石原千秋
http://bookmeter.com/cmt/53842137

 

名門大学の「教養」 東京大学・慶應義塾大学・京都大学・早稲田大学・東京藝術大学 (NHK爆問学問)

名門大学の「教養」 東京大学・慶應義塾大学・京都大学・早稲田大学・東京藝術大学 (NHK爆問学問)

 

 ■名門大学の「教養」 東京大学慶應義塾大学京都大学早稲田大学東京藝術大学 (NHK爆問学問)

 名門大学を舞台に爆笑問題、大学教授、学生が討論した番組の企画本。東大や早稲田などそれぞれの大学に即してテーマを設定し討論がなされているのだが、もっともおもしろかったのはテレビタレント爆笑問題対アーティストの対立図式が鮮明に表れた東京芸大の回。大衆に訴えかけるのか、不滅の芸術を目指すのか。学長の宮田亮平は表現者としての太田の「逃げ」の姿勢を厳しく追及し、苛立ちを隠そうともしないので刺激が強かった。それとあらゆる空間を朝生に変える田原総一郎すげえ。

 宮田と太田が真っ向から対決したらしい回は書籍化されてないみたいで残念。
読了日:2月5日 著者:NHK「爆笑問題のニッポンの教養」制作班
http://bookmeter.com/cmt/53891176

 

近代国家を構想した思想家たち (岩波ジュニア新書)

近代国家を構想した思想家たち (岩波ジュニア新書)

 

 ■近代国家を構想した思想家たち (岩波ジュニア新書)

 幕末から昭和前期まで、近代国家と関わる思想を展開した人物を簡潔に紹介する。一人当たり6ページきっかりの紙幅しかないが、生涯からその思想の勘所まで、簡潔に説明されていてよい感じだった。江戸期の人物を除いてそれぞれの人物が国民、アジアないし世界のなかの日本、社会主義の三つのカテゴリーに割り当てられ、そのテーマに引きつけて思想を取り上げている感じ。
読了日:2月6日 著者:鹿野政直
http://bookmeter.com/cmt/53910665

 

本と怠け者 (ちくま文庫)

本と怠け者 (ちくま文庫)

 

 ■本と怠け者 (ちくま文庫)

 かつて文壇を生きた作家や批評家を取り扱った読書エッセイ。書名通り、取り上げられる人びとの多くが「怠け者」のように感じられ、著者のそうしただめ人間への愛着というか感情移入みたいなものを強く感じた。そんな怠け者たちがどのように生きたのか、という人生の教訓めいたものがほのみえて、なんというかちょっと勇気付けられなくもないような、そんな気持ちになった。

 @kengo_satsuki さんが読んでいたなーとふと思い出して手に取りました。元気にしておられるだろうか。
読了日:2月7日 著者:荻原魚雷
http://bookmeter.com/cmt/53934299

 

憲法主義:条文には書かれていない本質

憲法主義:条文には書かれていない本質

 

 ■憲法主義:条文には書かれていない本質

 憲法とは何か、立憲主義国民主権、また集団的自衛権に関わる問題などを取り上げて講義する。高校生向けに語られているので非常に噛み砕いた説明がされているなーという感じ。紙面上の内山さんがなんというか出来のいい学生って感じで講義がよどみなく流れていくので大変読みやすかった。それにしてもコンサートで憲法の条文を暗唱するってどんな文脈でそういう状況になったのかとても謎なのだけれど、AKB48のコンサートでは何が行われているんだろうか。
読了日:2月7日 著者:内山奈月,南野森
http://bookmeter.com/cmt/53947197

 

なにもかも小林秀雄に教わった (文春新書)

なにもかも小林秀雄に教わった (文春新書)

 

 ■なにもかも小林秀雄に教わった (文春新書)

 あとがきで著者自身が述べているように、小林秀雄についての文章というよりは著者が敗戦後から東北大学を出るまでの自伝みたいな雰囲気。そんなに小林秀雄に教わってない。もちろん小林秀雄を通してドストエフスキーやらに触れたり、みたいな話もあるのだけれど、それ以上に秋田から東京まで闇米を売りに行った話とか、語学の話題とか、そして何よりハイデガーの哲学についての語りが印象に残る。小林秀雄ハイデガーの関心の親近性を語っているときが一番生き生きしているあたり、木田元という人はほんとにハイデガーに入れ込んでいるのだなあと感じいった。
読了日:2月8日 著者:木田元
http://bookmeter.com/cmt/53981794

 

秘伝 大学受験の国語力 (新潮選書)

秘伝 大学受験の国語力 (新潮選書)

 

 ■秘伝 大学受験の国語力 (新潮選書)

 受験で測られるという「国語力」とはいったいいかなるものなのか?明治期からその変遷を辿った上で現代のセンター試験、私立大、国立大が求める「国語力」を検討した本書は、石原の手になる受験国語本のさしあたっての総括という感じ。この後も数冊書いてはいるけれど。問題が極めてシンプルであるがゆえに文脈をおさえるために膨大な知識が必要とされた明治期から時代が下るにつれ、文脈が問題のなかに組み込まれていった、というのが大きな流れ。大学進学率の向上とパラレルな教養主義の没落がその背景。
読了日:2月9日 著者:石原千秋
http://bookmeter.com/cmt/54000935

 

日本SF精神史----幕末・明治から戦後まで (河出ブックス)

日本SF精神史----幕末・明治から戦後まで (河出ブックス)

 

 ■日本SF精神史----幕末・明治から戦後まで (河出ブックス)

 幕末・維新期から書き始められ、小松左京日本沈没』の出版によってSFというジャンルの「浸透と拡散」をもって筆がおかれる本書は、そこまでを日本における「古典SF」の時代だとさしあたってはとらえているように感じられた。それゆえだろうか、明治期の記述が非常に厚く、広がっていった世界、民権、帝国主義的な架空の歴史など、時代によって「科学小説」のトレンドが移り変わっていったさまをクリアカットに提示している。そんな感じでSFに「歴史性」みたいなものを付与して正統性を与える、みたいな試みとしても読めるのかもしれない。
読了日:2月10日 著者:長山靖生
http://bookmeter.com/cmt/54017810

 

アースダイバー

アースダイバー

 

 ■アースダイバー

 古地図を片手に東京の街を深く潜るアースダイバーの目によって、街の深層にありて未だに影響力を保持し続ける「野生」の生命力が露わになる。縄文の生命力を看取してみせるお散歩本でもあり、「野生の思考」によって書かれた東京論でもあり、該博な知識を持つ著者の見立てと語りによって隠れた東京の地形が浮き彫りになる。乾いた土地/湿った土地、盛り場と死の匂い、エロティシズムなどなどの道具立てにほんとか?となりつつなんというか説得されてしまう感じが読んでいて楽しくもあった。

 オウム擁護で一度は「終わった」中沢がこの本で復活した、みたいな評をどっかでみかけたのだが確かにおもしろかった。
読了日:2月11日 著者:中沢新一
http://bookmeter.com/cmt/54039980

 

立ちすくむ歴史―E.H.カー『歴史とは何か』から50年

立ちすくむ歴史―E.H.カー『歴史とは何か』から50年

 

 ■立ちすくむ歴史―E.H.カー『歴史とは何か』から50年

 カー『歴史とは何か』をひとつの手がかりに、事実と解釈、社会史、通史、歴史叙述の問題などについて議論する。三者の中では喜安が一世代上の研究者という感じなので、成田・岩崎が自身の専門から問題を提起したりしつつ、喜安から話題を引き出す、みたいな雰囲気がある。専門的な歴史学者ではない岩崎が参加しているのも刺激的で、歴史学のスタイルへの批判的な視角が岩崎によって鋭く提起されていると感じた。『歴史とは何か』の射程を超えて、今、歴史を語るとはどのようなことなのかということについて得るものが多いと感じた。
読了日:2月11日 著者:喜安朗,岩崎稔,成田龍一
http://bookmeter.com/cmt/54042174

 

名作うしろ読み (中公文庫)

名作うしろ読み (中公文庫)

 

 ■名作うしろ読み (中公文庫)

 名作の「お尻」ってどうなってるの?夏目漱石から山本七平フィッツジェラルドからルース・ベネディクトまで、さまざまなジャンルの名作の最後の一文を取り上げ、それを中心に作品を論評する。既読の作品はかつて読んだときの記憶が呼び覚まされ、未読の作品(僕はこちらのほうが圧倒的に多いわけだけど)はなんとなく読んだ気になる、もしくは読みたいと強く思わされる。あとがきの最後の一文の形態学のごとしカテゴライズは流石斎藤美奈子って感じに大胆不敵かつ明快。面白く読んだ。
読了日:2月13日 著者:斎藤美奈子
http://bookmeter.com/cmt/54113864

 

世紀の空売り

世紀の空売り

 

 ■世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち

 リーマンショック前夜、サブプライムローンが早晩破綻をきたすことを見抜き、そちらに賭け金を置いた人間たちがいた。そちらに賭けた少数の人間たちのなかでも三者に焦点を当て、金融システムが集金のために内部の人間ですら把握困難、いや把握する努力を放棄させるほどに複雑化していたこと、それゆえに危機的状況が看過されてしまったことを鋭く描き出す。ムーディーズなど格付け機関の無能さへの憤り、大手投資銀行の怠慢などなど、金融システムそのものへの失望と怒りみたいなものが全体に漂っていた。

 アダム・マッケイ監督『マネー・ショート 華麗なる大逆転』の原作本ってことで読んだ。これを娯楽映画に翻案するのすげーなと。それにしても邦題は雰囲気伝わるけど意味を成していないのはどうかと思う。原題は”Big Short”で「世紀の空売り」の意訳は的を射ていると思うけど、たしかに邦題としてはどうなんだろうなとも思うので、配給の人たちも苦心したんじゃないかとは思うんだけど。
読了日:2月14日 著者:マイケル・ルイス
http://bookmeter.com/cmt/54123473

 

哲子の部屋 ?: 哲学って、考えるって何?

哲子の部屋 ?: 哲学って、考えるって何?

 

 ■哲子の部屋 Ⅰ: 哲学って、考えるって何?

 NHKの同名番組の書籍化。元が30分の番組なのだけれども、(書籍化にあたって加筆されているが)同じくらいの時間でさらっと読める。本書では「考える」ことはどういうことなのか、ドゥルーズの哲学をベースにして考えていくという感じ。『恋はデジャヴ』を参照して、人が普段いかに「考える」ことを避け、「習慣」のなかに安らっているのか、またその「習慣」に不法侵入してくる何事かによって「考えさせられる」ことになるのか、といった議論を流れるように展開する國分功一郎の語り口が、文章で読んでいても心地よかった。
読了日:2月14日 著者:NHK『哲子の部屋』制作班
http://bookmeter.com/cmt/54133705

 

哲子の部屋 ?: 人はなぜ学ばないといけないの?

哲子の部屋 ?: 人はなぜ学ばないといけないの?

 

 ■哲子の部屋 Ⅱ: 人はなぜ学ばないといけないの?

 タイトルにある「なぜ学ぶのか?」という問いへの回答は、「学ぶことによって、いままで見えてこなかったものが見えるようになり、楽しみの幅が広がるから」というある意味優等生的なお説教みたいな感じなのだけれど、ユクスキュルの環世界の概念を使ってその結論までの道をするする辿っていくのは読んでいておもしろかった。國分が『暇と退屈の倫理学』で論じていることのエッセンスを取り出し、さらにわかりやすく噛み砕いて説明してしている、という印象。
読了日:2月16日 著者:NHK『哲子の部屋』制作班
http://bookmeter.com/cmt/54177491

 

哲子の部屋 ?: “本当の自分”って何?

哲子の部屋 ?: “本当の自分”って何?

 

 ■哲子の部屋 Ⅲ: ”本当の自分”って何?

 千葉雅也を講師に迎え、『変態仮面』を手掛かりにアイデンティティの問題を論じる。ドゥルーズの生成変化=変態をキーに、「中途半端な自分」の肯定を説くような結論なのだけれども、(あとがきでも触れられているように)それに対して清水がそれほど納得していないように感じられるのが印象的だった。なんというか、「中途半端な自分の肯定」って既に「中途半端」でない立場の人間の余裕みたいなものからしか生じない気がして、ロジックは理解できてもどうにも納得するのは難しい、みたいなことを思ったり。
読了日:2月16日 著者:NHK『哲子の部屋』制作班
http://bookmeter.com/cmt/54178429

 

 ■岩波茂雄と出版文化 近代日本の教養主義 (講談社学術文庫)

 約半世紀前に書かれた岩波茂雄の評伝に、竹内洋が解説を付す。岩波の伝記としては、執筆当時に安倍能成の手になるものが広く影響力をもっていたようで、それに対して一種のアンチテーゼを提起するような書きぶり。竹内が自身の著作で述べた岩波文化と講談社文化の見かけ上の差異と根っこの部分の同質性は村上の議論に依るところが少なくないのだなーと。竹内の仕事は村上の発想を社会科学の言葉を装備させてるって感じか。岩波書店によって文学の「デモーニッシュ」な面が解毒されてしまっている、というような指摘も印象に残った。
読了日:2月16日 著者:村上一郎
http://bookmeter.com/cmt/54184467

 

 ■ヒトラーに抵抗した人々 - 反ナチ市民の勇気とは何か (中公新書)

 ナチス期の抵抗運動の概説。ユダヤ人への救援、ヒトラー暗殺などのクーデター、それらが頓挫したのちも「もう一つのドイツ」に希望を託した人々の様子、そして戦後における抵抗運動の忘却と再評価というような流れで論じられているのだが、必要十分な社会背景も適宜説明されるていて読みやすかった。ヒトラーへの抵抗は、すなわち彼を支持した多数のドイツ国民との戦いを意味し、そうした逆境にあって「市民的勇気」を発揮した人々への尊敬を隠さない筆致が、本書の全体の雰囲気を決定していると感じた。

 現在、日本においてよく知られているナチスへの抵抗というとやはり「白バラ」とシュタウフェンベルクが代表だろうと思うのだけれど(どっちも劇映画になっているし)、それらについての記述が厚い。加えてそれらに先立って爆弾による暗殺を計画したゲオルク・エルザーについても少なくない紙幅が割かれている。とりわけシュタウフェンベルクらによる暗殺計画は、抵抗運動に大きな影響を残したのだなと。戦後の抵抗運動をめぐる動きを含めた関連年表がよさげな感じ。

 芝健介『ホロコースト』といい、ナチ時代を扱った本は非常に暗い気持ちになるなーと。
読了日:2月17日 著者:對馬達雄
http://bookmeter.com/cmt/54211194

 

現代社会はどこに向かうか《生きるリアリティの崩壊と再生》(FUKUOKA U ブックレット1) (FUKUOKA Uブックレット)
 

 ■現代社会はどこに向かうか《生きるリアリティの崩壊と再生》(FUKUOKA U ブックレット1) (FUKUOKA Uブックレット)

 2010年に行われた講演を収めた60ページほどの小冊子。副題にあるように、見田が問題化しているのは「リアリティ」が希薄化していることである、と思われる。永山則夫が生きた「まなざしの地獄」と、加藤智大の「まなざしの不在の地獄」との対比などから、リアリティが希薄になっているからこそ、他社ないし自己への暴力でリアリティへの飢えを満たす、そうした状況の出現を論じる。

 それとパラレルなかたちで、情報化/消費社会が臨界点にきていること、人類の歴史が安定期に入ろうとしている状況なんかを指摘するのだけれど、それらの連関がさらっと一読した限りではいまいちつかめず。しかしまあ一回限りの出来事と、統計的に把握された情報化とを結びつけて社会的なるものを語る手つきにほれぼれする。
読了日:2月17日 著者:見田宗介
http://bookmeter.com/cmt/54211940

 

読まずに小説書けますか 作家になるための必読ガイド (ダ・ヴィンチブックス)

読まずに小説書けますか 作家になるための必読ガイド (ダ・ヴィンチブックス)

 

 ■読まずに小説書けますか 作家になるための必読ガイド (ダ・ヴィンチブックス)

 様々な小説ジャンルの必読書を、「読む」側のプロが対談形式で紹介する。『文学賞メッタ斬り!』なんかを読むと、読む側のプロともいうべき人たちはリスペクトすべき作家とそうでない作家をはっきり弁別していて、しかもその区別は大概共有されてるっぽい、という感じを受ける。まあどういう目線であれ、おもしろい本を薦めてくれるのはありがたいんだけれども。
読了日:2月17日 著者:岡野宏文,豊崎由美
http://bookmeter.com/cmt/54220196

 

『坂の上の雲』と司馬史観

『坂の上の雲』と司馬史観

 

 ■『坂の上の雲』と司馬史観

 『坂の上の雲』を中心に、司馬遼太郎歴史認識に批判を加える。『坂の上の雲』が、日露戦争帝国主義国家同士の戦争ではなく「祖国防衛戦争」と規定しようとしたことによって侵略行為に関する事実を語り落としていており、一種の「安心史観」を提供している、とする。また、「明るい明治/暗い昭和」という司馬の明快な図式は、大正時代の位置付けが急所になっている、との指摘はなるほどなーと。司馬への批判はなされる必要があるとは思うのだけれど、どうにも構成や語り口がはっきりいって上手くない、という気もした。
読了日:2月18日 著者:中村政則
http://bookmeter.com/cmt/54241777

 

 ■自分で考える勇気――カント哲学入門 (岩波ジュニア新書)

 三批判書とその後の思索を取り上げ、カント哲学の入門を通して、考えることの意義を論じる。なんというか流れるように読めたのだけれど全体の流れみたいなものがつかめていなくて、『純粋理性批判』において人間の自由の確保を目指し、『実践理性批判』では現実の自由を「善く生きる」という問題によせて考察し、『判断力批判』では多様性に満ちた自然の世界と道徳法則の普遍性との架橋を目指した、みたいな雑な理解。「道徳的に善く生きることで幸福になる」って確かに理想ではあるよな、とは思ったりしたのだけれど腑には落ちない感じもする。
読了日:2月21日 著者:御子柴善之
http://bookmeter.com/cmt/54308221

 

 ■ブラインド・サイド しあわせの隠れ場所 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 極めて貧しい階層に生まれ、しかし並外れて巨大な身体に恵まれた黒人の少年マイケル・オアーが、富裕層の白人の支援によってアメフトのスター選手へと成長していくサクセスストーリー。オアーの物語の脇で、ランからパス主体へと戦術が変化したことによって、クオーターバックの死角を守るレフトタックルの重要度が高まっていく、いわばアメフトの戦術の物語が語られる。アメフトのプレーに見逃されるものがたくさんあるように、社会のなかで未だ見出されざるものたちが無数にいるのだと、そういう強い主張を感じた。

 映画化されていてその邦題が本書の副題にもある『しあわせの隠れ場所』(未見)。ブラインド・サイドは決して「しあわせの隠れ場所」ってわけではないと思うんだけどなー。
読了日:2月21日 著者:マイケル・ルイス
http://bookmeter.com/cmt/54316762

 

時刻表2万キロ (角川文庫 (5904))

時刻表2万キロ (角川文庫 (5904))

 

 ■時刻表2万キロ (角川文庫 (5904))

 国鉄の全路線全区間を乗りつぶす旅の記録。既に90パーセントほどの行程を終えたところから始まる旅は取り立てて鉄道を愛しているわけではない僕には正直退屈に感じられたのだけれど、時刻表をほぼ唯一の情報源として旅のプランを練り、タクシーを使うことも辞さずなるたけ効率よく路線を乗りつぶしていく様はさながらゲームの攻略法を読んでいるかのごとき味わいがあり楽しかった。それと著者が戦中を生きた世代であることが随所に感じられて、時折語られるその思い出が非常に印象的だった。8月15日の様子なんか特に。

 本書のラストを飾るのは、開業直後の気仙沼線。開業日の祝祭感と、現在もはやそこに鉄道は走っていないという現実の落差が、今読むとなんというかえもいわれぬ寂寥感を喚起せずにはおられない。
読了日:2月22日 著者:宮脇俊三
http://bookmeter.com/cmt/54337413

 

梅棹忠夫 語る (日経プレミアシリーズ)

梅棹忠夫 語る (日経プレミアシリーズ)

 

 ■梅棹忠夫 語る (日経プレミアシリーズ)

 晩年の梅棹忠夫へのインタビュー。全体としては今までの自身の仕事を振り返るような雰囲気が漂っているかなという感じ。現代の知識人の「インテリ道」は(おそらくネガティヴな意味で)武士道と近しい側面があるんじゃないか、文化でなく文明を、現象でなく本質を捉えることが重要なのだ、みたいな話が印象に残っている。語りを文字にしたのを読むと、梅棹忠夫って関西の人なんだなーと改めて気づく。それと、徹頭徹尾「山に登る人」だったんだなーとも。
読了日:2月24日 著者:小山修三
http://bookmeter.com/cmt/54387635

 

戦争の日本中世史: 「下剋上」は本当にあったのか (新潮選書)

戦争の日本中世史: 「下剋上」は本当にあったのか (新潮選書)

 

 ■戦争の日本中世史: 「下剋上」は本当にあったのか (新潮選書)

 蒙古襲来から応仁の乱にいたるまでの日本中世を、戦争を中心にすえて辿る。全体を貫くのが所謂「戦後歴史学」的な歴史の語り、戦争観への批判。武士たちを「革命」の主体と捉え、変革の契機を歴史のなかに過剰に読み込んできた結果、様々な錯誤が生じてきたことを著者は指摘する。「悪党」という理念型、「ゲリラ戦」神話などのほか、教科書的な因果関係の説明すらも「階級闘争史観」に少なからず引っ張られているのだなと改めて教えられた。著者の言葉遣い(戦後レジームetc)から、室町期を現代と重ね合わせている印象を受けたがどうなんだろ。

 久しぶりに「倍返しだ!」なんてネタと出くわすなど、時事ネタやギャグが差し挟まれるのだけれど、あんまり笑えなかったのは僕にセンスがないからなのか。多くのことを勉強させてもらったのだけれど、時事ネタによって本の賞味期限短くなってないか?みたいな。『一揆の原理』ちくま学芸文庫版は「現代の社会問題への意見表明を含む」ため時事要素を圧縮・削除したりしなかったそうですが、この本の時事ネタ・ギャグの少なからざる部分は圧縮・削除して論旨に影響しないんでないのかと思ったりしました。
読了日:2月25日 著者:呉座勇一
http://bookmeter.com/cmt/54410115

 

理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ

理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ

 

 ■理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ

 「私たち自身の進化論理解の理解」のため、理不尽な絶滅の議論を経由して進化論の適応主義論争におけるグールドの孤軍奮闘の敗北を取り上げる。私たちの素朴な、スペンサー的な進化論理解は「理不尽さ」に目を閉ざし「適者生存」の言葉を「お守り」のように使用している、という。私たちの誤解は、進化論が単なる科学的な方法論ではなく存在論的な世界像へのコミットメントを不可避的に含みこむ、普遍性と特殊性との中間的性格を持つ故であり、その性格こそグールドの適応主義批判は混乱したものになっている、というのが議論の流れだろうかか。

 一般人の誤解を知識不足に基づく素朴なものだと片付けず、その原因を専門家の議論における争点に求め、そこから「私たち自身の進化論理解」を逆照射するという議論の運びが非常に面白く、平易かつ軽妙な語り口もあいまってぐいぐい引き込まれた。単なる科学的な議論の理解に留まらず、我々の依って立つ世界像がいかなるものなのか、その一端がクリアになったという感覚があり大変面白かった。
読了日:2月29日 著者:吉川浩満
http://bookmeter.com/cmt/54513572

 

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