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無数の声の集積――アニメ『おおきく振りかぶって』感想

 おおきく振りかぶって Vol.9【最終巻】 [DVD]

 

 ここ2週間くらい、Amazonプライムビデオで『おおきく振りかぶって』をみていました。原作は結構前に途中まで読んでいて記憶がおぼろげなんですが、テンポよく映像に落とし込んでいるような印象で楽しかったです。以下適当に感想。

  埼玉県の公立高校、西浦高校に入学した三橋廉。舌足らずにも程があるおどおどした態度からはおおよそ想像できないが、彼は中学時代野球部のエースだった。「ひいき」でエースをやってる、という冷たい目線をチームメイトに浴びせられていたのではあるけれど、彼はエースとしてマウンドに立ち続けた。なぜなら彼は、誰より投げることが好きだったから。そんな彼が、高校で新たな仲間と出会い、そしてほんとうのエースになっていく、そういうお話。

 

 はっきりいって、野球の試合をアニメで気持ちよく見せる、というのは至難の業なんじゃないかと思うわけです。たぶんあらゆるスポーツがそうだと思うんですが、一つの試合は無数のアクションの集積からなる。その無数のアクションの一から十までを自然に、かつ気持ちよく見せることには相当の労力がいるのではいないか。しかも、野球なんていうのは一年のうち半分以上、プロの動作をテレビを通してみることができるわけで、野球選手の身体の動きって想像以上に私たちの脳裏に焼き付いているのではないかと思うわけです。アニメーションで描かれた身体をみていても、どうしても見慣れたプロの自然な動きと比較してしまう。するとやっぱり、アニメーションの身体がどうしてもぎこちなく映ってしまう。

 一つのスイング、あるいは一つのピッチング、一つのキャッチングならば相当自然な動きが描けるんじゃないかと勝手に思ったりするわけですが、先にも書いたように一つの試合を描く、ということはそのなかで生じる無数のアクションの集積を描くということになるわけで、あらゆる動きを本物に近い自然な気持ちよさを生じさせるくらいに描く、というのはおおよそ無理なんではないか。ゆえに、仕方ないとはわかっていても、人間の自然な動きのアニメーションとしては、どうしてもぎこちなさを感じる部分があった。

 しかしそれを補ってあまりある魅力があるのもまた事実で、それは『おおきく振りかぶって』という作品が、一つの試合を無数のアクションの集積である以上に無数の声の集積として描きえていることが大きいんじゃなかろうか。アクションの存在感を感情の密度が圧倒していて、野球のゲームの面白さをそういう面から描きえているがゆえに、長丁場の試合が緊張感を切らすことなく提示しえた。逆に、1クールという時間があったがゆえに、試合のなかでそれをとりまく人から発せられる無数の声を拾っていく余地が生まれた、ともいえるのかもしれない。

 場面場面での選手や監督、そして応援する人たちのモノローグを過剰ともいえるほどに拾い上げていくことで、それに関わる人の声の集積として一つのゲームが立ち現れ、現実時間では3時間程度の時間のなかでこうも無数の思惑とか思いとかそういう感情や志向が集積されているのだな、という当たり前のことに改めて気づかされる。

 そうした無数の声を拾い上げていったからこそ、仲間たちの声が三橋廉という一人のエースにピンポイントに集約され彼の魂に火が灯る最後の1球、そしてそのあとに訪れる長い戦いの決着に至るワンプレーが途轍もなく心を揺さぶるんじゃないか。この場面はアクションもさすがに力が入っていて、この一連のシークエンスのために長い戦いに付き合ってきてよかったと心底思える、そういう場面だったなと。

 そのあと、敗れた桐青高校のキャプテン河合和己がお守りを見つめる場面なんかは、選手一人一人を支える声は試合の時間の外にも確かにあり、そうした無数の声の集積としての対戦相手と、これからも対峙していかねばならない勝者の業みたいなものを写し取っているという気がしてそれもよかった。アニメ版からおおよそ10年の時がたってなお、原作ではまだ三橋くんたちが一年生やってることに驚愕したりしたんですが、ゲーム一つ一つに対してこういうアプローチをとってるなら納得という感じです。 

 アニメ版2期は結構早いテンポで進むみたいですが、どういうふうに試合を描いてるのか気になるので近いうちにみたいですね、はい。

追記

みました。

 

amberfeb.hatenablog.com

 

 

 

 三橋くんの投手としての持ち味みたいなものは、「スローカーブを、もう一球」っぽいし(パーソナリティは対極なんじゃないかとも思うけど)、ラストのワンプレーは「江夏の二十一球」っぽかったし、再読の機運が高まりました。

スローカーブを、もう一球 (角川文庫)

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  アニメ版『バッテリー』はどういうふうに試合を描くんだろうかっていうのは今から気になりますね。

バッテリー (角川文庫)

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 オープニング・エンディングはどれも甲乙つけがたくよくて、とりわけ「メダカの見た虹」は最高のやつでした。高田梢枝さんは『エウレカセブン』の「秘密基地」を聴いて以来の再会でした。

雨天決行

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  そういえば『ダイヤのA』も長いことアニメ版やってますよね。全然見てなんですが、『おお振り』からどこまで野球のアクションがアップデートされてるのかは気になります。

ダイヤのA act2(3) (講談社コミックス)

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  「勝つこと」の含み持つ残酷さ、みたいなことを考えるとどうしても『響け!ユーフォニアム』を想起しちゃうんですね。


【作品情報】

‣2007年

‣監督:水島努

‣原作: ひぐちアサ

‣シリーズ構成・脚本:黒田洋介

‣キャラクターデザイン:吉田隆彦

美術監督渋谷幸弘

‣音楽:浜口史郎

‣アニメーション制作:A-1 Pictures