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正義の倒錯――『日本で一番悪い奴ら』感想

【映画パンフレット】 日本で一番悪い奴ら 監督 白石和彌 キャスト 綾野剛, YOUNG DAIS, 植野行雄, 矢吹春奈, 瀧内公美, 田中隆三, みのすけ,

 

 『日本で一番悪い奴ら』をみました。楽しくてかつしんどかった。以下感想。

  柔道の腕を買われて北海道警にはいった諸星要一は、機動捜査隊のなかで先輩刑事にいびられ、ろくな成果もあげられずくすぶっていた。そんな彼に、先輩刑事の一人である村井は助言する。ヤクザの情報提供者――すなわちスパイを作ることが点数稼ぎ、ひいては出世のための近道だ、と。村井の助言通りにヤクザから得た情報をもとに、令状なしで家に踏み込み覚せい剤と拳銃不法所持を摘発した諸星は、それをターニングポイントにして「エース」としての道をひたはしっていく。汚職と汚辱に塗れたその道の先に、諸星が得るものとはなんなのか。

 日本社会の暗部を暴力と大胆さを武器に駆け上がる諸星はまさしくダークヒーローといった感じで、映画全体がピカレスク的な魅力に満ち満ちている。正直言って、日本でこんなバイオレンスとドラッグにまみれた犯罪映画を撮れるのか、ということに素直に驚く。ダークヒーローの栄光と破滅というモチーフはさながらマーティン・スコセッシ監督の『グッドフェローズ』といった感じだし、警察の腐りっぷりと悪徳刑事の破天荒さはデンゼル・ワシントン主演の『トレーニング デイ』を想起させる。

 そういうハリウッドの名作群にひけをとらないっていったら贔屓の引き倒しかもしれないが、ダークヒーロー諸星を演じる綾野剛は映画全体を牽引するだけの魅力を放っていて、四半世紀にわたる栄光と破滅の物語を背負いきっている、と思う。すすきのを凱旋する悪徳刑事の存在感も、もはや破滅の足音が近づいていることが自覚された瞬間の焦燥も、そして僻地で「エース」の面影を失い薬物にしか救いを見出せないどんぞこも、そのそれぞれが強烈に印象に残り、かつそのバラバラなイメージが諸星という一人の人間に集約されている、そのことに驚嘆する。

 というわけで、お話自体は悪く言ってしまえば既視感のある、ピカレスクものの王道ともいえる栄光と破滅の物語なのだけれども、そこに強烈な毒が仕込まれていることで、なんともいえない感覚が喚起される。白石和彌監督の前作、『凶悪』では、連続殺人犯の狂気と狂喜を題材にしつつ、その連続殺人犯の「凶悪」がむしろ「普通の人々」にも偏在していることを画面に焼き付けたことで、実際の犯罪のドキュメント以上の薄気味悪さが漂っていた。そしてこの『日本で一番悪い奴ら』では、正義をめぐる倒錯が画面に写し取られている。

 諸星が成り上がることができたのは、「犯罪の摘発」のためなら「犯罪すら辞さない」という倒錯を生きることができたからに他ならない。令状なしで家に上がり込み、彼の人生における決定的な「点数」を稼いだ時点で、その倒錯を生きることになることもまた決定づけられた。そして銃器対策を担う面々もまた、銃器の摘発のためならならおおよそ法を犯すことを躊躇しない「悪い奴ら」だった。

 令状なしでの家宅捜索はまだ、より深刻な犯罪行為を取り締まるためには小さな犯罪行為は仕方ない、という論理で正当化されるかもしれず、ある種の爽快感すらあるわけだけれど、犯罪行為がエスカレートしていき、銃器摘発のための資金を得るために覚せい剤まで捌き始めるにいたって、諸星の倒錯はいよいよ頂点に達し、そして破たんをきたすことになるわけで、「犯罪の摘発」のためなら「犯罪すら辞さない」、ということが倒錯以外のなにものでもない、ことは覆い隠しようもなくなる。しかし、令状なしでの家宅捜索も、覚せい剤の密売も、その「犯罪の摘発」のためなら「犯罪すら辞さない」という論理は一貫していて、はっきりと連続しているものなのだ。

 そしてラストショットの瞬間まで、諸星はそれが倒錯であることなど考えがおよびもしない。犯罪の摘発という「公共の安全」のためならば、あらゆる犯罪行為は正当化されうるし、それこそが「公共の安全」を守るのだと、すくなくとも留置所で微笑む彼は確信していて、だからこそ彼は最後の最後まで自身を「エース」と自己規定できるのだ。諸星がその信念を捨て翻意する場面があくまでナレーションで片づけられたのは、正義を確信しほほえむ彼こそが、倒錯を徹底して内面化した男の到達点としてもっともふさわしいからだ。諸星は金が欲しかったわけでも名誉が欲しかったわけでもない。多分ただ「公共の安全」を守りたかった、正義を成したかっただけなのだ。その諸星の倒錯こそが、『日本で一番悪い奴ら』を先行するピカレスク映画とはまたちがった、グロテスクな感触をもつ作品にしているのではないか。

 諸星が生きた倒錯は、私たちも知らず知らずのうちに生きてしまっているのかもしれない。「健康のためなら死んでもいい」なんてのは笑い話の類だけれど、それは「健康」をポジティブなものととらえざるを得ない社会に生きる私たちが一歩間違えれば容易に足を踏み入れうる落とし穴でもあるのだ。倒錯を倒錯であると気付かず、穏やかにしかし不気味に微笑む諸星が、スクリーンの前の私たちの似姿でないという保証は、たぶんどこにもない。

 

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スカパラの主題歌、いい曲だと思うんですがラストシーンとの温度差激しすぎませんか。

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【作品情報】

‣2016年/日本

‣監督:白石和彌

‣脚本:池上純哉

‣出演