宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

ヒーローから化物へ、あるいはヒーロー性の偏在――『傷物語〈Ⅱ熱血篇〉』感想

劇場版 「傷物語 2.熱血篇」 クリアファイル キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード

  『傷物語〈Ⅱ熱血篇〉』をみたので感想。

 『傷物語〈Ⅰ鉄血篇〉』の感想はこちら。

「死にたくない」こととヒーローであること―『傷物語〈Ⅰ鉄血篇〉』感想 - 宇宙、日本、練馬

  雨。降りしきる雨。場所はどこかの学校。対峙する二人の男。見た目はごく平凡そうな少年と異様な威容をもつ大男。日常性をつかさどる学校という場におおよそ似つかわしくない、血が滾る血みどろの血闘の幕がいま切って落とされる。

 〈鉄血篇〉で吸血鬼の眷属となってしまった阿良々木暦が、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの四肢を取り戻すため、3人のヴァンパイア・ハンターとの闘いに挑むのがこの〈熱血篇〉。吸血鬼狩りの男達との決闘というアクション的な見せ場が物語上に組み込まれているがゆえに、〈鉄血篇〉を異様な迫力をもつ作品にしていた、暴走する作画と演出を楽しむためだけに存在するかのごときシークエンスは影を潜め、キャラクターの躍動は物語上の必然性をわかりやすく伴って配されているがゆえに、なんというか〈鉄血篇〉よりはるかに見やすいと感じた。それは『傷物語』という作品全体のトーンが〈鉄血篇〉で示されていたが故の「見やすさ」という気もするのだけれど。

 ハイパーリアル的な印象の美術は〈熱血篇〉でも継承されていて、〈鉄血篇〉で登場した山梨文化会館に続き、同じく丹下健三の代表作である代々木第一体育館が〈熱血篇〉では印象的な背景として登場したり、ル・コルビュジエの設計になる国立西洋美術館なんかも登場する。僕は門外漢なので全部を全部把握しきれているわけじゃないけれど、他にも近代建築っぽいモチーフが百出するので他にも有名な建築物が引用されてたりするんじゃなかろうか。こうした引用は作品内で独特の力場を形成しているというか、多分原作にはなかった別様の意味を与えているような気がするのだけれど、それについては僕は語る力を持たないのでやめておこう。

 さて、〈熱血篇〉の物語は、〈鉄血篇〉の物語が阿良々木暦が「ヒーローになる」物語だったとすれば、「ヒーローが化物になる」物語、と要約できるのではなかろうか。〈鉄血篇〉において、阿良々木暦は自分の命すら捨ててか弱きものを助けたことで、「ヒーロー」になった。〈熱血篇〉のクライマックス、聖職者にしてヴァンパイアハンターギロチンカッターと対峙しようとする阿良々木暦に、忍野メメはこう声をかけざるを得ない。「人間であることをあきらめろ」と。無数の葛藤は彼の心中にあったのだろうと推し量ることはたやすいが、それでも、その葛藤やら躊躇いやらを振り切って、彼は「化物」となって、また弱きものを救うのである。

 しかしこの「化物」性は、彼がヒーローになったその時に彼の身に宿ってしまったおのでもあり、その意味では彼が「化物」になったのは〈鉄血篇〉の決定的なターニングポイントにおいてなのだけれど、ギロチンカッターとの闘いが彼がその「化物」性を全力で行使しなければならない、もうひとつのターニングポイントであったのであり、そこで改めて、弱者を助けるなら自身がどうなろうとも構わない、という「ヒーロー」性も再確認されるのである。

 そのような意味で、〈熱血篇〉は阿良々木暦の「ヒーロー」性が更新される物語でもあると思うのだけれど、同時にその「ヒーロー」性が偏在していることもまた示されている。具体的には羽川翼の「利己的な」献身のうちに。彼女もまた、他人のために自身が危険にさらされることを厭わない一人なのだけれど、彼女に阿良々木くんは言いようのない苛立ちみたいなものをぶつけてしまう。それでも阿良々木暦に近づこうとする彼女の振る舞いは、見ず知らずの吸血鬼を助けた阿良々木暦のそれと同型という気がするのだけれど、多分阿良々木くんはそれに気づいてないんじゃないか。そういえば、『化物語』のラストも、ヒロインたちがヒーロー性をそれぞれ発揮することで事態にあたる、という展開だったと要約できなくもないんじゃないかという気がするし、そうしたヒーロー性の偏在もまた、このシリーズのなかに書き込まれているのではないかなーと思ったりしたわけです。

 はい、こんなところで来年1月の〈冷血篇〉も大変楽しみです。

 

 

amberfeb.hatenablog.com

 

 

 

 

映画「傷物語」ビジュアルブック

映画「傷物語」ビジュアルブック

 

 

【作品情報】

‣2016年

‣総監督: 新房昭之

‣監督:尾石達也

‣原作:西尾維新

‣キャラクターデザイン:渡辺明夫守岡英行

‣音楽:神前暁

‣アニメーション制作:シャフト

‣出演