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ふたつの夢のゆくえ――『ラ・ラ・ランド』感想

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 『ラ・ラ・ランド』をみました。オールタイムベスト級の衝撃。以下の感想にはネタバレが含まれますが、未見の方はインターネットなどやっている場合ではなく一刻も早く映画館に行ってください。というわけで以下感想。

 アメリカ西海岸、ロサンゼルス。おおよそ百年のあいだ、多くの若者たちが夢を追ってそこにやってきた。あるものは夢をかなえ、あるものは夢破れ、あるものはそこで生き続け、あるものは去ってゆく。そして夢追い人はいまも変わらずそこを目指す。そこで偶然出会った二人の男女、セブとミア。ジャズピアニストとして自分の店を持つこと、女優として成功すること、それぞれを夢を追うまだ大人になりきらない二人の人生は、その夢の場所でつかのま交錯する。

 『セッション』でスキンヘッドの音楽教師にはうかつに接近してはいけないということを我々に教えれてくれたデミアン・チャゼルの新作は、ハリウッドで夢を追う二人を世界の中心に据えた夢のようなラブストーリー。ここでいう夢とは、ひとつには目標としての「夢」であり、また眠りに落ちている最中にみるものとしての「夢」でもある。あらゆる映画はある種の夢の要素を含み持つのだろうと思うのだけれど、『ラ・ラ・ランド』はまさしく夢を語った映画である。冒頭、渋滞のハイウェイ上で唐突に繰り広げられる出来事によって、われわれは夢の世界に誘われ、そして二人の男女のあいだのひとときの夢が終わった瞬間、映画も幕を閉じる。

 冒頭、長回しで無数の人々が入り乱れるダンスを映すシークエンスの多幸感はすさまじくて、もうここでこの映画はただごとではないぞということを身体に叩き込んでくれる。唐突に踊りだした人々はしばらくして車のクラクションによって再び各々の車に戻っていくわけだけれど、この現実から明らかに浮き上がりつつも完全には切断されない、そのようなリアリティの浮遊感がこの映画を規定しているように思われる。我々の夢が往々にして現実から完全に自由ではありえないように、夢を映し出すこの映画にあっても、その夢は現実と微妙な距離を保ちつつそこから切断はされていない。

 美術全体が醸し出す書割感、俳優のあからさまにぱりっとした動作の数々も、この映画と「現実」との独特の距離感を構成していると思うのだが、それ以上に、我々が既に知っている様々な映画=夢の記憶がそこかしこにちりばめられていることも、『ラ・ラ・ランド』が夢というものとどのように切り結んでいるのかを端的にあらわしている、という気がする。この映画のなかには、様々な映画のオマージュが散りばめられていることが日本公開前に紹介されていたけれど、そのような過去の映画=かつてみられた夢の記憶がこの『ラ・ラ・ランド』の世界を構成しているとしたら、それはそもそも我々の現実というもののいくらかは、すでに映画という夢によって構成されていることを逆説的に示しているのではなかろうか。その意味で、『ラ・ラ・ランド』は夢によって現実を侵食し、いわば我々の現実の地と図とをあやふやにしてしまう、そういう映画ではなかろうかと思うのだ。

 私たちの夢はそのような形で現実のかたちを変え得るし、そして映画のなかの二人がそうであったように、目標として語られる夢は意志と運命の相互作用によっては現実とすることもできる。眠りに落ちている最中にみる夢は必ず終わりがある。夢は現実のものとなる可能性と、絶対に現実になることのない二重性を含みもつ。だから、彼と彼女の一方の夢は現実になっても、もう一方の夢の時間はいつまでも続かない。しかしそれでも、彼女と彼のほんのつかの間に心通わせた夢の時間は、二人を再び二人だけの時空間へと誘う。ありえたかもしれない過去、今の二人ならばこのように歩むこともあり得るであろう過去、しかしもはや絶対にそのようにはありえないしありえなかった過去、そうした存在しない、しかし同時にはっきりそこにある夢の記憶が、彼らの思い出を彩った音楽とともに去来するクライマックスのなんと幸福で、なんと切ないことか。

 夢が幸福と切なさとの両義性に引き裂かれ、しかしそのいずれもが心に満ちる。ラストショットで交互に映される二人の表情の、言葉に尽くせぬ微妙なニュアンスは、そのように二つの方向に引き裂かれた感覚によって形作られているのではなかろうか。その感覚のうち、僕が映画館の外に持ち帰らせてもらったのは圧倒的な幸福感で、それはとても有難いことなのだけれど、それが単純な幸福ではなくて、なんというか複雑な陰影を含み持つ幸福であることに、この映画が夢に託した意味の豊かさがあるように思う。

 と、興奮冷めやらぬなかなんとか言葉を尽くしましたが、言葉をいくら尽くしても語りきれぬ傑作であるわけで、ほんと、すげえものをみせてもらって感謝です感謝。

 

関連

 『セッション』も大好きなんですが、『ラ・ラ・ランド』は超ウルトラ大好きです(語彙がねえ)


 あらゆる創作物から『君の名は。』を連想するのやめたい。


 

 

 

 

【作品情報】

‣2016年/アメリカ

‣監督: デミアン・チャゼル

‣脚本: デミアン・チャゼル

‣出演