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異形の物語――『夜明け告げるルーのうた』感想

夜明け告げるルーのうた 映画 フライヤー

 『夜明け告げるルーのうた』をみました。すげえもんをみせていただいたという気持ち。以下感想。ネタバレが含まれます。

  ときは現代場所は日本、寂れた漁師町・日無町。人を喰うという人魚の伝説が残るこの町は、巨大な岩によって朝の日差しが遮られ、巨大な影が落ちる。そこに暮らす少なくない住民にとって、あるいは中学生の少年カイにとって、そこは暗くさびれた場所だった。だからカイは現実ではなくヴァーチャルな世界――インターネットに自身の居場所を求めようとする。でもそこはこの現実と陸続きの場所でもあって、電脳空間にばらまかれた彼の才能の欠片は日無町の級友に見つかり、そして彼らの音楽活動に巻き込まれる。しかしそれは物事のほんのきっかけにすぎなかった。人魚という海に住まう異形のものと、彼女が巻き起こす、彼岸と此岸の溶け合う物語の。

 『四畳半神話大系』、『ピンポン』、そして先月公開の『夜は短し歩けよ乙女』と、原作の精神がそのまま具現化したかのごとき完成された作品をここ最近送り出し続けてきた湯浅政明監督のオリジナル新作は、原作という一種の制約から解き放たれて暴走し、逸脱し、迸り、異形の映画として私たちに手渡された。現代的な意匠によってある種のボーイミーツガール、あるいは異種交流譚のはじまりが描かれる冒頭から一転、中盤以降不穏な雰囲気が前面化し、そして日無町は異形のものたちが闊歩する一種の異界と化し、何処に着地するかも定かでない災厄が街に訪れる。この不気味な世界はキャッチコピーやポスターから予想できるような、ボーイミーツガール的な青春ドラマの雰囲気からはっきり逸脱しているように感じられ、鑑賞中は恐ろしくて仕方がなかった。

 『四畳半神話大系』にせよ『ピンポン』にせよ『夜は短し歩けよ乙女』にせよ、疾走感と躍動感にあふれた演出、絵がまさしく魂を吹き込まれたかのごとく動く作画が、アニメーションとしての魅力を強固なものとしていた。しかしその強烈なアニメーションはあくまで物語に、原作がすでに強固に確立している作品世界や精神性に奉仕するものであり、それらを強化するという目的のために駆使されていたように思われる。それがそれらの作品群に、完成されたウェルメイドな印象を付与していた。

 翻って『夜明け告げるルーのうた』では、その強烈なアニメーションの力はむしろ類型的な物語を逸脱し、その逸脱し躍動していく強烈なエネルギーに、逆に物語の方が奉仕している、というある種の逆転が生じているように思われた。作画の力そのものによって物語が強制的にドライブさせられていく、それはルーのうたが人びとの身体を否応なしに踊らせてしまうさまと同型であり、類型からの逸脱はその意味で異形のアニメーション=異形の人魚のうたという構図によって必然的になされたものである、とも思う。だから『夜明け告げるルーのうた』の物語を語るためには、そうした湯浅政明作品のなかで駆使されてきた躍動し炸裂するアニメーションの魅力が不可欠な要素だった。

 そうした、理解を絶した異形の力の魅力に、この映画は満ち満ちている。人魚たちのまわりには死が満ちている。それが人々に恐怖を呼び起こしもするが、死をめぐる人魚の行為はむしろ、その人間の魂の救済のためになされ続けてきたのだということを、私たちは物語のクライマックスにおいて知る。海と死とを結びつける記憶は、私たちにとって、たとえ海の近くに住んでいようがいまいが、いま・ここに生きている限りにおいて、忘れがたいものである、と思う。人魚の伝説というフォークロアを、いま・ここにおいて引き受け、語りなおすということは、そうした文脈を想起させずにはおかない。そうしたいま・ここに生きる私たちの物語として、『夜明け告げるルーのうた』は語られたのだと思うし、ある種の哀悼と弔いの映画として、たしかにこの2017年において、語られなければならない物語であったのだと、強く思う。それはアニメーションの異形の力を借りて語られなければならなかったのだとも。

 そうした彼岸と此岸が溶け合う奇妙な時間はやがて過ぎ去り、カイは、人びとは日常へと還ってゆく。そこには人魚の姿はなく、ただその名残を彼方の海に見出すのみ。しかし私たちは知る。彼らがかつての彼らとはほんの少しだけ違った人間になっていることを。それは映画館という異界から現実へと還らなければならない私たちの似姿であるのかもしれないのだし、なんとはなしに何かを変える、そういう強烈な力が、『夜明け告げるルーのうた』には宿っているように思われる。

 

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 『マインド・ゲーム』、未見なので近いうちにみようかと思っています。

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 いま・ここ性という点で、『君の名は。』・『ひるね姫』みたいな強力な文脈があるよなと。

 


 

【作品情報】

‣2017年

‣監督:湯浅政明

‣脚本:吉田玲子、湯浅政明

‣キャラクター原案:ねむようこ

‣キャラクターデザイン・作画監督:伊東伸高

美術監督:大野広司

▸アニメーション制作 - サイエンスSARU

▸出演