『メッセージ』(原題:Arrival)を字幕版でみました。テッド・チャンの手になる原作「あなたの人生の物語」はトップ2のおかげで既読で結末と仕掛けは知ってたわけですが、大変楽しかったです。というか、この「結末を知っている」ということ自体が極めて「あなたの人生の物語」的であるなあ、という感じですが、はい。とりあえず以下感想。
それは来るべくして彼女のもとにやってきた。やってきたのは彼女のうちよりやってきた、彼女の娘。彼女と娘の幸福な日々。そして訪れる別れ。娘の死。それは彼女の人生を変えた出会いと別れ。
もうひとつ、彼女の人生を変えた出会いと別れがあった。彼女だけではなく、人類の運命をも変えたそれは、突如地球にやってきた。空中に浮かぶ巨大な飛行物体。異星人とおぼしきものたちと、彼女は意思疎通を試みる。彼女は異形の文字を解読してゆく。そして次第に輪郭をはっきりさせてゆく、異星人の意図。そして私たちの未来。
「あなたの人生の物語」を実写化する、という情報に接したとき、正直どんな映画になるか想像もつかなかった。文字のやりとりという絵的には地味なやりとり、そして語りのなかに混入する異物の正体が次第に明らかになっていくという小説的な仕掛け、それらが映像になったとき果たして「あなたの人生の物語」的なおもしろさは保持されうるのか。しかしそんな疑念は完全に杞憂以外のなにものでもなく、映画版「あなたの人生の物語」=『メッセージ』は、原作の精神性を継承しつつ、さらに独自の要素を組み入れてドラマ上のクライマックスを作り出すという、まさに理想の映像化ともいうべき仕上がりではなかったかと思う。
まず、異星人ヘプタポッドがその姿をみせるまでの緊張感が素晴らしい。異星人の来訪を決してドラスティックには描かない。主人公であるルイーズにとってそれはまずメディアを通してしか状況がわからない、謎の事件として立ち現れる。ほんとうに異星人の宇宙船が現れたら、おそらく我々はこのようにして事態を感受するのだろうな、という感触。断片的な情報が入ってこないなかで募る不安感。
彼女が私たち一般人の側から、専門家の領域へと足を踏み入れていく描写のディティールの積み上げ。予防接種やらなんやら、細かい描写に時間を使うことをためらわない演出がリアリティを担保している。そして彼女が実際に彼らと対面するときの緊迫感。
全編通して静かな緊張感に包まれたこの映画は、極めて静的な印象なのに、しかも原作を既読で結末を知っているにも関わらず退屈とは無縁という、薄氷の上に立つがごとくのバランス感覚で成立している映画であるように思われた。結末を知っているにも関わらず退屈とは無縁、というのはこの映画にとってなにより重要なことだったのでは、という気がして、それはまさにヘプタポッドとルイーズは、結末を知っている生を生きる運命を背負っているからであって、そのように把握された世界においてもなお、生は退屈でなどありえない、ということをこの映画自体が語っているのである。
未来も過去も同時に「いま」であるような仕方で時間=世界を把握するルイーズは、クライマックスにおいてそのような錯時的な認識によって窮地を脱し、人類を救うわけだけれど、この場面はなんというかタイムリープ的な印象を受けた。そのようにタイムリープをギミックとして物語に組み込んだ作品には、たとえば『STEINS;GATE』なんかに顕著に感じたことなのだけれど、ある種の決定論的な雰囲気が漂っているという気がする。『STEINS;GATE』は原作のゲーム版をプレイしたときにはそうは思わなかったんだけれど、アニメ版でひとつながりの物語として提示されると、歴史を改変しある種の理想的な結末へとたどり着く展開が、どうしてもそれしかありえない、たったひとつの運命づけられたあり様であるという雰囲気を強く感じた。
話がそれた。その決定論的な世界認識はテッド・チャンの他作品にも感じられるような気がするのだが、そのような決定論的な世界のなかであるからこそ、未来を「いま」であるように生きることができる、そのことによって私たちには何事かをなし得るかもしれないのだしそうして何処かに辿り着くことができる、そう語ってみせたこの『メッセージ』が僕は強く心に残りました。

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そういえば『正解するカド』が放映されてるこのタイミングで公開っていうの若干シンクロニシティですね。

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【作品情報】
‣2016年/アメリカ
‣監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
‣脚本:エリック・ハイセラー
‣出演
- ルイーズ・バンクス - エイミー・アダムス
- イアン・ドネリー - ジェレミー・レナー
- ウェバー大佐 - フォレスト・ウィテカー
- ハルペーン捜査官 - マイケル・スタールバーグ
- マークス大尉 - マーク・オブライエン
- シャン上将 - ツィ・マー