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平べったい夏のまぼろし――アニメ『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』感想

打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか? (角川文庫)

 アニメ版『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』をみました。ファンタジックなエモーションと醒めた批評性が同居する不思議な映画だったなあと。以下感想。

「平べったい」世界の夏  

 夏休み。登校日。花火大会。ありふれたいつもと同じ夏の風景。いつもとすこし雰囲気の違う彼女。彼の前で彼方へと去った彼女の姿が、一つの想念を喚起する。もしも、あの時。不可思議な球体がその思いと共鳴したとき、彼と彼女はいま・ここから少しずつ離れていく。繰り返されるあの日の旅は、二人をどこに導くのか。

 岩井俊二監督の同名ドラマ・映画が原作。約20年の時を経てのアニメ化に際して、様々な点で変更が加えられていて、打ち上げ花火とやり直し・再選択というモチーフとを除いて別物になっている、といっていいと思う。45分のドラマを1時間半のアニメ映画へと再構成するにあたって様々な肉付けがされ、やり直し・再選択というモーメントがより強調されているわけだが、それ以上に、原作にあったどこか懐かしさを喚起するような雰囲気、感傷を呼び起こす空気感は後退しているように感じられる。

 ゆえに、原作では、私たちが体験してきたような「ありふれた夏」と、運命の女性によって導かれる「どこにもない夏」という二項対立の換喩として、打ち上げ花火を「下からみるか?」・「横から見るか?」ないし打ち上げ花火は「丸いのか?」・「平べったいのか?」という問いは見立てることが可能だった。その二項対立的なフレームが、「丸くて平べったい」花火によって「下」と「横」とが接続されるラストシーンで解体される=「ありふれた夏」と「どこにもない夏」とが溶け合い幕を閉じる。

 その「ありふれた夏」と「どこにもない夏」という枠組みは、アニメ版では「ありふれた夏」が後退したことで既に解体されていて、だから打ち上げ花火を「下からみるか?」・「横から見るか?」ないし打ち上げ花火は「丸いのか?」・「平べったいのか?」問いかけはアニメ版ではまったく別様の意味を付与されることになる。

 アニメ版で反復される問いは、打ち上げ花火は「丸いのか?」・「平べったい」というものだが、この問いと同様に、「丸い」あるいは「平べったい」事物が執拗にフィルムに収められている。それはひとつは少年少女が通う、ガラス張りで円形の校舎を持つ学校であり、円形の軌道を絶えず描く海岸の風車であり、そして少年少女を夢幻の世界へと誘うガラス玉。また新房昭之監督作品ないしシャフト制作のアニメーションに特徴的に見られるように、キャラクターの眼がスクリーンに大写しになって表情以上に雄弁に感情を語る演出は、実写ではあり得ないアニメーション特有の表現だと思うのだが、その眼もまた、「丸い」あるいは「平べったい」属性をもつモチーフの一つだろう。

 そうした球形あるいは円形の事物は、見方によっては「丸い」わけだが、それは描かれてスクリーンに投射されたものであるという点において、避けがたく「平べったい」ものであるという宿命を背負う。その意味で、その「丸さ」と「平べったさ」とを自覚的にフィルムのなかに持ち込んだ本作は、アニメーションという媒体に対して極めて批評的な目線を内包している、いわばアニメについてのアニメとして見立てることが可能であるように思われる。

 平べったさは、登場人物の感覚にも侵入し、その平べったさとの対峙を迫る。具体的には夜空を奇妙に彩る平べったい打ち上げ花火がそれにあたるわけだが、二人のランデブーはその奇妙な花火に逢着することでさしあたっては「平べったさ」が拒否され、そして再び「もしも、あの時」という想念が回帰する。

 彼と彼女の旅はそこから強烈に幻想的な色彩を強め、二人以外は誰も姿をみせない、ガラス玉のなかに存在するような風景に取り巻かれた世界に誘われる。そこで二人は、その虚構の世界を抜け出すのではなく、むしろそのなかに没入するような仕方で生きるという地点に辿り着いたように思われる。だからアニメ版『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』は、少年がかつては拒否した「平べったさ」を、つまり世界の虚構性を肯定する物語として語られている、と思う。だから少女が去った学校に、最早少年は姿を見せないのだろう。帰るべき場所はそこだけじゃない、といわんばかりに。

 

 というわけで、見ていて思考がいろんなところに飛んで行ったのだけれど、これはまあ不思議な映画をみたなあと思います。はい。

 

関連

原作の感想。


 

 夏と時間をめぐるフィクションとしていろんな作品が想起されるよなあと思います。

 

 

 

 

 

 

【作品情報】

‣2017年

‣監督:武内宣之

▸総監督:新房昭之

‣原作:岩井俊二

‣脚本:大根仁

‣キャラクターデザイン:渡辺明夫

総作画監督:山村洋貴

‣音楽:神前暁

‣アニメーション制作:シャフト

‣出演