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ラジオの得難いささやかさ――『きみの声をとどけたい』感想

映画『きみの声をとどけたい』オリジナルサウンドトラック

 『きみの声をとどけたい』をみました。今日から上映だってのを知ったのが先週『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』をみたときの予告だったんですが、見逃さなくてよかったです。以下感想。

  市内を路面電車が通る海沿いの街、日ノ坂町。私たちが鎌倉という名で知る場所とよく似た場所に、彼女は住んでいた。高校2年の夏休み、偶然雨宿りした場所が、彼女の世界を変えてゆく。

 声に出したことは本当になる、という祖母の教えを信じる高校生、行合なぎさが、ミニFMのラジオ放送を通じて、友人関係、あるいは彼女の未来にまつわる問題を解きほぐしていく。素朴で邪気のないキャラクターデザインが作品の雰囲気を決定していて、シリアスな展開でも過度にギスギスはせず、柔らかな雰囲気が全体を貫いている。ミニFM局を中心に編成された日ノ坂町のひと夏をゆったりと過ごしていくような感覚がある。

 FM局にあつまった人間たちのうち、物語の語り手となるのはその発足のきっかけをつくった行合なぎさ。彼女は自身の進路・目標が定まらないことに漠然とした不安を抱えている様子がうかがえるのだけれど、しかし彼女自身の抱える問題によってドラマが駆動していくとうよりは、彼女の友人たちの問題こそが物語を動かしていく。

 具体的には喫茶店兼ラジオ局でかつてDJを務めた母の意識が戻るのを願う少女と、幼なじみなのだけれど対抗意識から関係がぎくしゃくしている二人、この二つの問題に対して、なぎさと彼女の友人たちがどのような対処をするのか、というのがドラマ上のフックになっている。とはいってもそうした問題が前景化する時間はそれほど多くはなくて、ラジオ局という場所がだんだんと立ちあらわれていく、その時間にスポットを当てる。喫茶店でお菓子を作ってみたりとか、ラジオで流すためのオリジナル曲作りをするとか、そういうたわいのない、しかし同時に極めて特別でもある日常の描写にこそこの映画の魅力はある、という気がする。

 そうした日常の積み重ねのなかで、問題が問題化してゆくわけだけれど、その問題を解決するのはあくまで当事者たちであって、なぎさが積極的にかかわっていくわけではない。その積極的にはかかわらない、しかしそれをアシストするような仕方で問題を解決していくなぎさの方法はタイトルにある通り「きみの声をとどけ」ることであり、そうしたささやかさは、ラジオというメディアのもつ力の暗喩なのかもしれない。だから、彼女が物語のなかで示した在り方こそが、あるいはこの映画そのものが極めてラジオ的なのではないか。

 僕はラジオを聴かなくなって久しいのだけれど、生活のなかにラジオがあった頃の、その音がもたらした豊かさの残滓を未だに享受しているというような気がして、そういうさりげなく、そして得難い友人としてある、『きみの声をとどけたい』はそういう映画だったのではないかと思います。多くの人に見てほしいなと強く思いました。

 

関連

  舞台と合唱で想起したのは『TARI TARI』でした。こちらも居場所が最終的にはなくなっちゃう、というところでも運命的に一致してますね。


 

 

『きみの声をとどけたい』公式ビジュアルブック

『きみの声をとどけたい』公式ビジュアルブック

 

 

 

映画『きみの声をとどけたい』オリジナルサウンドトラック

映画『きみの声をとどけたい』オリジナルサウンドトラック

 

 

【作品情報】

‣2017年/

‣監督:伊藤尚往

‣脚本:石川学

‣キャラクターデザイン:青木俊直

‣アニメーションキャラクターデザイン:高野綾

‣音楽:松田彬人

‣アニメーション制作:マッドハウス

‣出演

  • 行合 なぎさ - 片平美那
  • 龍ノ口 かえで - 田中有紀
  • 土橋 雫 - 岩淵桃音
  • 浜須賀 夕 - 飯野美紗子
  • 中原 あやめ - 神戸光歩
  • 琵琶小路 乙葉 - 鈴木陽斗実
  • 矢沢 紫音 - 三森すずこ
  • 梶裕貴
  • 鈴木達央
  • 野沢雅子