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帝国の呪い――『ゲティ家の身代金』感想

ゲティ家の身代金 (ハーパーBOOKS)

 『ゲティ家の身代金』をみたので感想。

  1973年7月、ローマ。石油で財を成した世界一の大富豪、ゲティ家の血を引く青年が誘拐された。世界一の金持ちであり、日々美術品の収集に精を出すゲティ家当主、ジャン・ポール・ゲティにとって、身代金を払うのは容易なはずだった。しかし、彼は支払いを拒否する。世界一の大富豪であるにもかかわらず、もしくは世界一の大富豪であるが故に。

 約半世紀前の実話をリドリー・スコット監督が映画化。決して壮大なスケールがあるわけでもない素材を、極めてタイトかつエレガントに撮った、見事な作品であると思います。抑えた色調で撮られた画面は美しく、とくに逆光によってシルエットのみが映しだされるいくつかのシーンのなんと美しいことか。この、彼岸的な魅力を湛えた画面は、この映画の映し出すものが、すなわち此岸と彼岸のあいだにゆらめくものなのだと教えているように思います。

 そうした画作りの上品さが、サスペンスとしてのスリルをいささかも損なっていないというバランス感覚も絶妙で、とりわけ身体の痛めつけられる場面のいやーな感じは、その後に最後の最後まで緊張感を持続させるのに大きな役割を果たしていた。

 そうした犯罪者やそれらと対峙する母親、そしてネゴシエイター役の男の三者が、サスペンスの場面では大きな役割を果たす一方で、それらを凌駕して映画全体を支配する存在感を放つのは、やはりクリストファー・プラマー演じるジャン・ポール・ゲティだろう。この世界一の大富豪は、なぜ身代金を払おうとしないのか。その選択の背景にある、強固な世界認識、世界観のようなものが、時間と共に次第にその輪郭をくっきりとさせてくるのが、誘拐事件の顛末と同じく、本作を牽引する謎であるように思う。

 ホテル住まいでもルームサービスを頼んだりはせず自分で洗濯をする、家のなかになぜか設置されている公衆電話、恐るべき節税方法等々、この異様な金持ち独特の金銭核を提示するディティールもよい。義理の娘がながめる摩天楼の頂点が隠蔽されていたのと同じく、彼はまさしく、我々の理解を絶した、しかし同時に奇妙に首尾一貫した世界認識によって、その行動を決定しているのである。

 しかしすべてを思うさまにできると確信した男に、続けざまに不如意の出来事が生じ、この映画は結末を迎える。世界一の大富豪ですら、自由にならないものどもを我々に提示し、世界一の大富豪ではない我々の留飲をさげつつ、しかしその痕跡、その確かな視線も我々を捉え、映画は終わる。皇帝が死に、帝国は残る。帝国が消えてなお、その痕跡は残る。そのようにして歴史は繰り返す。

 

 

 

 

【作品情報】

‣2017年/アメリカ

‣監督:リドリー・スコット

‣脚本:デヴィッド・スカルパ

‣出演