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美しく悪い夢――『サスペリア』感想

Suspiria (Music for the Luca Guadagnino Film) [解説・歌詞対訳 / 高音質UHQCD仕様 / 2CD / 国内盤] (XL936CDJP)

  ルカ・グァダニーノ監督版『サスペリア』をみました。心底、映画館という場所でみれてよかったと思っています。以下感想。

  1977年、ベルリン。歴史ある風格を備えた館。そこに居を構えるは、いままさに伝統を破壊し革新を志さんとする、超名門の前衛舞踏団。その地下にうごめく陰謀。運命に導かれ、海の彼方からその館にやってきた少女は、何を見、そして何者になるのか。

 ダリオ・アルジェント監督『サスペリア』のリメイクは、舞台をローマからベルリンに移し、鮮烈な印象を残すダリオ・アルジェント版と明確な差別化を図っていることを、冒頭から我々に教える。ダリオ・アルジェント版の冒頭、空港の時点で強烈な不安感を掻き立てる赤は見事に脱色され、ベルリンという街にふさわしいシックな色合いで描かれた画面を我々は目にする。とはいえ、あのダリオ・アルジェント版の色遣いの強烈さと比すれば、あらゆる映画の色遣いはシックと形容できるかもしれないけれど。

 このルカ・グァダニーノ版『サスペリア』がいかなる映画かといえば、それは悪い夢のような映画だった、という気がする。我々が眠りについているときにみる夢には、脈絡も因果も意味もない。それにかろうじてそうした脈絡や意味を与えるのは、醒めているときの我々でしかなく、そうした意味づけには自己満足以上のものはない。

 とはいえ、この悪い夢にはいかにも意味づけされることを望むようなモチーフ群が百出する。精神分析というモチーフは露骨に前景化し、かつラカンという名さえ、我々はこの映画のなかに聞き取ることができる。

 また、1977年という時代背景を活かし、ドイツ赤軍によるテロルを伝える声が、バックミュージックのように随所に鳴り響く。ここになにがしかの意味を与えることもできようが、この映画を悪い夢だと見立てるならば、それは我々が現実と夢のあわいを揺蕩っているとき、偶然聴こえてきたラジオのニュースのようなものなのだろうと思う。そうした現実の雑音は容易く夢に侵入し、現実と夢の境界は侵犯されるという事態を、我々は時折経験するのだから。

 夢を解釈し、何がしかの意味や教訓を引き出そうとするようなフロイト的な所作もありえよう。しかし、その悪い夢の途方もない美しさ、その感触を夢の外へと持ち帰ることのできる幸運に感謝したい。我々が薄暗い映画館に足を向けるのは、そこでつかの間の夢をみるためであり、夢を見るためにこそ、映画館は暗いのだから。