宇宙、日本、練馬

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それはつねに低く響いている――『空の青さを知る人よ』感想

 「空の青さを知る人よ」オリジナルサウンドトラック

 『空の青さを知る人よ』をみました。青春映画でありつつ、その青春の外延を広くとっているような、そういう映画だったなと思います。以下感想。

  ややうらぶれた盆地の街。彼女の視線はつねに山並に遮られ、彼方を目にすることはかなわない。ベースを独りかき鳴らし、彼女は願う。何処かに行きたい。そこに行けばどんな願いも叶うという場所に行きたい。彼女にとってそれは、さしあたって東京という固有の場所としてなんとなく目指されるのだが、その東京はあまりに茫漠として曖昧。しかし、彼女は何処かに行きたいのだ。彼女自身を――あるいは唯一の肉親である姉を、救うために。そして彼女は出会う、かつてここから東京に出た姉の恋人、その若かりし頃の姿に。

 監督に長井龍雪、脚本に岡田磨里、そしてキャラクターデザインに田中将賀のトリオが、『あの花の名前を僕達はまだ知らない』、『心が叫びたがっているんだ。』に続いて三度秩父を舞台にした物語を語る。先行する作品と大きく異なるのは、青春のただなかにいる高校生だけでなく、むしろすでに青春を終えたと自覚しているであろう30過ぎの大人たちのドラマにスポットが当たっている点だろう、と思う。地元を去った男と地元にとどまった女のドラマによって、この映画は時間的・空間的な奥行きを増し、いまという時間、秩父という場所にあって、絶えずその外部が意識される。

 『あの花』、『ここさけ』でもそうであったが、過剰なほどの饒舌こそが青春のただなかにいるものの特権なのだ、といわんばかりに、ヒロインのあおい、生霊のようにお堂のなかに住み着くしんのもよくしゃべる。少女は感情が昂ると自身のしゃべりをうまく制御できず、言いたいことではないことがつい口をついて出てしまう。彼女がかき鳴らすベースは持て余したエモーションをほとばしらせるように前に出てしまい、ギタリストをいらだたせる。

 彼女と対比されより鮮明になるのは、青春を終えた大人たちのしゃべらなさ/しゃべれなさであって、あおいの姉であるあかねは、日々の日常を如才なくこなして周囲に愛想をふりまくのだが、幼馴染になんとなく気を持たせておいて明確に否定的な感情を伝えることはなく、再会した恋人にすぐに何かを伝えることはない。演歌歌手のバックバンドとして地元に戻った慎之介も、その胸中を不用意に口出ししたりはしない。当たり障りのないおしゃべりを交わしあい、本当に大事なことについては沈黙する、それが青春を終えたものが携えるべき、数少ない倫理なのだといわんばかりに。

 しかしそうした表面上の沈黙の中にも彼女・彼らの感情は響いていて、それはさながらベースのように映画全体を律するリズムを形成している。地元にとどまったこと/地元を離れたことはほんとうによかったのか、あるいはいまのこの人生はほんとうによかったのか、そんなことを彼女も彼も口に出したりはしない。しかしその表情や所作のなかにそうしたありふれて切実な懊悩を読み取ることは容易く、そうしたメランコリーがこの映画の青春の外延を押し広げているものであるのだろう。

 ヒロインの携えるベースに仮託されているように、この『空の青さを知る人よ』は、激しく炸裂はしないのだけれども、つねに低く響いているもの、そうしたものを救い取ってみせる映画なのだ。あおいにとっては当たり前のものとして享受されてきた姉のふるまいの一つひとつこそが、まさしく習慣というかたちをとった感情の具現であるのであって、そうした弛まぬ努力によってこそ作り出されうる生活のリズムによってこそ、日々思うままベースをかき鳴らす彼女がそこにありうるのである。

 ささやかでありふれた、習慣というかたちをとった愛。それはしばしば、愛とは自覚され難く、愛という形容を与えられることがしばしばかなわないという不幸を背負っているのだが、そうした不幸は「空の青さ」というイメージを通して、監獄として彼女を取り巻いていたかにも思えた街の景色にポジティブな含意を与えもする。我々はこの素晴らしき空の青さを持ち、そしてくすんだなかにも一片の美しさをたたえた街をもっているはずなのだが、それをしばしば忘れてしまう。安物のイヤホンからはベースの響きなど感受できぬように、我々がそれを知ることはたぶん、思ったよりも困難が伴う。

 しかしそれでも、それはつねに低く響いているのだとこの映画は教える。耳を澄ませ、リズムに身をゆだね、その響きを聴かねばならない、どんな願いも叶う場所が、あるいは本物の愛の在処があるとするならば、そうした響きをたたえた場所に違いないだろうから。

 

 

小説 空の青さを知る人よ (角川文庫)

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「空の青さを知る人よ」オリジナルサウンドトラック

「空の青さを知る人よ」オリジナルサウンドトラック

 

 

【作品情報】

‣2019年

‣監督:長井龍雪

‣原作:超平和バスターズ

‣脚本: 岡田麿里

‣キャラクターデザイン・総作画監督田中将賀

‣音楽: 横山克

‣アニメーション制作: CloverWorks

‣出演