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借りものであること——『劇場版 Fate/Grand Order 神聖円卓領域キャメロット 前編 Wandering; Agateram』感想

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 『劇場版 Fate/Grand Order 神聖円卓領域キャメロット 前編 Wandering; Agateram』をみました。以下感想。

 13世紀、エルサレム近郊。我々の知る歴史から大きく外れ、異能の力をもつ王たちがそれぞれの王国を築き上げ、対峙している。荒れ果てた砂漠を征く、騎士が一人。騎士の名はベディヴィエール。アーサー王の円卓に名を連ねた男は、いま、残虐非道のかぎりをつくしているかにみえるかの王のもとを目指す。かつて果たし損ねた約束を果たすために。

 スマートフォン向けアプリゲーム『Fate/Grand Order』のなかでも、屈指の人気を誇る挿話の映画化。ゲームの主人公たちはやや後景に退き、円卓の騎士ベディヴィエールを主役に据えて脚色を施している。この前編と後編では、クレジットをみるかぎりスタッフは大きく異なり、前編の制作をつとめるのはプロダクションIG系列のSIGNAL.MD。目を引くのは総作画監督としてクレジットされている黄瀬和哉の名前だろう。前・後編に分かれている都合上、ドラマの上で大きな盛り上がりのある見せ場に欠くきらいがあるこの映画だが、場面場面でサーヴァントたちは外連味のある動きを見せ、映画的にリッチな作画であるなあと感嘆する。

 しかし、アニメ化によって(キャラクターデザインに黄瀬含め三人がクレジットされているとはいえ)統一的なデザインを与えたことは、『Fate/Grand Order』原作のもつデザイン上の特色、そしてそれがまとうある種の批評性をオミットするかたちで機能してしまっている、とも思う。この映画にキャラクター原案としてクレジットされているのは10名を超えるが、そうした多くのイラストレーターが、それぞれの個性を発揮して、悪く言えば雑多な作品世界を形作っているのが『Fate/Grand Order』の特徴である。それはたとえば『グランブルーファンタジー』が、塗りの塩梅その他もろもろによって、キャラクターのルックに統一的な印象を付与しようとしていることと対照をなす。

 このことが、同じ作品世界のなかに、異なる歴史・バックボーンを背負った、本来交わることのないはずのキャラクターたちが、人類史の危機にあって集い、戦っているというある種のお祭り感を生み出していて、またそれが、我々はあくまで既に確固として存在している過去を「借りている」に過ぎない、という感じを与える。その「借りる」という所作が『Fate/Grand Order』というゲーム自体を統御するモチーフでもあり、奈須きのこが幾度となく反復・変奏してきたフェイクであること・偽物であることの問題系のバリエーションでもあるだろう。

  それについては随分前に書いた。

amberfeb.hatenablog.com

  そしてこの「借りもの」という主題は、この劇場版の主役であるベディヴィエールに強烈に託されているわけだが、それについてはここでは措こう。

 個人的には、もっと黄瀬和哉という圧倒的な個性によって統御されたアニメをみたかった、という気がする。たとえば『パトレイバー』のTV版に対する劇場版のような感じで。でもそれはこの原作の大事な部分を決定的に毀損することにもなっただろう。この映画の画面には、そうしたコントロールをめぐる葛藤がにじんでいて、それがむしろ美点であるといいうるのかもしれない。

 そうした点は措くとして、小太刀右京の脚色ははっきり失敗しており、それがこの前編の結部の円卓の騎士同士の戦いでこちらの感情がたかぶることはないという点に決定的に現れている。我々はすでに彼らの葛藤をゲーム上で眺めて知っているかもしれないが、そんなことと画面で起きる出来事とはまったく関係がないことなのだから。

 

 

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