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半径5メートルの恋と革命——『月がきれい』感想

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 このところ、『月がきれい』をみていました。以下、感想。

  埼玉県川越市。中学三年生。偶然同じクラスになった少年と少女。不意に近づく距離。繰り返される日々。漂う別れの予感。

 『瀬戸の花嫁』、『Angel Beats!』の岸誠二が監督をつとめる、アニメオリジナル作品。プロデューサーが『たまこラブストーリー』に背中を押された企画であると語っているように*1、非現実的な要素を前景化させず、中学三年生の素朴な恋愛をてらいもなく主題化し、一年間を語り切る。

 キャラクターは萌えアニメ的な記号化を避けたルック。のちに『ジョゼと虎と魚たち』(2020年)にもかかわることになるloundrawの、素朴ながらもかわいらしさを損なわないデザインが見事に功を奏している。モブは3DCGで描写され、やや違和感が生じているカットも散見されるが、撮影効果でうまく画面と馴染ませようとする努力の形跡はみられるし、クライマックスの川越祭りのシーンの群衆はよく演出されていたように思う。

 さて、この作品のえらさの一つは、いかにも中学生的な世界認識の狭さを見事に感じさせる作劇にあるだろう。異性に話しかけること、また異性との接触を友人に目撃されることが、異様な重みを伴ってしまう中学校という空間。その大人からしてみればくだらない羞恥や葛藤を、くだらないものとして一蹴せずに自然なかたちで作劇に取り入れている誠実さは、我々にある種の気恥ずかしさをもたらすが、その気恥ずかしさがこの作品の魅力なのだろう。

 主人公が地元の伝統的な芸能にかかわり、また「本を書く」という野望を抱いている点で、西村純二監督『true tears』と重なる。しかし、この作品にはエキセントリックな言動の少女は登場せず、また家庭内の不和も、あくまで受験に付随する一時的なもので、微温的な和解が準備されてもいる。登場人物の視野の狭さがトラブルの原因となることもあるが、そのトラブルが過剰にストレスフルな展開につながることもない。そして無論、近親相姦的なモチーフなどほのめかされもしない。

 おそらく『true tears』が人を惹きつける魅力となったであろうそうしたフックは、この『月がきれい』には欠けている。ドラマは徹底して凡庸であると言い切ってもいいと思う。しかし、特徴的なモチーフ抜きで、あくまで凡庸なドラマを徹底させたことで、その凡庸性によって得難い魅力を醸している。主人公たちにかかわる人間関係を極力単純化して、あくまで半径5メートルの凡庸な恋に焦点を絞ったことが、この『月がきれい』を逆説的に非凡なアニメにしたのだ。

 こういうアニメばっかりだったらやや退屈かもしれないが、こういうアニメがあってもいい。夏目漱石が"I love you"を「月がきれいですね」と訳したという真偽も出所もわからない挿話をタイトルに借りてきてしまう素朴さが、罪にならないのはある種の非凡な誠実さのなせるわざだろう。そのような凡庸で非凡な実験作であるこの『月がきれい』を、わたくしは高く買いたい。

 

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 エンドロールでヒロインの結婚が明示される、というと『空の青さを知る人よ』を想起した。『空の青さを知る人よ』のエンドロールで結婚が描かれたとき、そのあまりの野暮ったさに辟易したのだが、しかしこの『月がきれい』のように作中で野暮を徹底すれば、このエンドロールは許容されうる野暮になるのだなあと感じた次第。こんな野暮をエンドロールでやるには、岡田磨里の脚本は劇中で野暮を回避しようとしすぎている、という気がするの。