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誰も知らないささやかな冒険―—『竜とそばかすの姫』感想

竜とそばかすの姫 (角川文庫)

 『竜とそばかすの姫』をみました。以下、感想。

  現代日本高知県の片田舎。父と二人で暮らす、自信なさげな少女。高校でも決して目立たず日々を過ごす内気な彼女には秘密があった。インターネット上の仮想空間「U」に突如現れた歌姫、ベルは、彼女のもう一つの姿だった。歌姫は、仮想空間を荒らしまわり白眼視される「竜」と不意に出会い、そして奇妙な縁をつないでいく。

 細田守監督の最新作は、『劇場版デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』、『サマーウォーズ』を想起させる電脳空間を舞台に、『美女と野獣』をモチーフにした少女と異形のものの交感が描かれる。『バケモノの子』、『未来のミライ』に続いて、細田は脚本も兼ねており、(「演出家」として以上に)「作家」としての細田守の個性が出ているのではないかと推察する。

 『時をかける少女』以来の貞本義行のデザインを想起させるキャラクターが織り成す現実パートと、3DCGで描画されるアバターが躍動する電脳空間のパートに分かれるが、後者のパートはディズニーないしピクサー作品的なルックで、『美女と野獣』モチーフへのある種の目配せだろうか。3DCGで描かれるキャラクターの致命的になりうる弱点は髪の毛の描写ではないかと思うのだけど、この作品では髪の毛の質感が作画的な感じをまとっていて、その点はクリアされているなと感じたが、やはり現実パートと比べたときの「つくりもの」感はいかんともしがたかったという気がする。その「つくりもの」感こそ、現実世界との対比を鮮明にするために要請されたものだったとしても。

 しかしそうしたルックの不全感は、中村佳穂による歌唱の圧倒的なパワーの前には消し飛ばされてまう。現実のドラマと仮想空間のドラマとの微妙な嚙み合わなさによる、どうもとっ散らかった印象を、なんとか映画という一つの時空間につなぎとめているのはこの中村の力であって、ほとんど無法ともいえる展開を押し通してしまう、その力に賭けた映画であったのかもしれない。その賭けには、細田守は間違いなく勝利しているといっていいと思う。

 他方、先行する『サマーウォーズ』では現実世界の、顔のみえる人たちとのつながりが称揚される一方で、インターネット空間におけるそれの描写は極めて皮相的で、なにか抽象的な善意とふと遭遇することもあるかもね、という調子があった。この『竜とそばかすの姫』ではインターネットに対する認識は明らかに変化していて、そこで無数の群衆の悪意に晒される危険が強調される一方で、顔のみえない、名前も知らない「だれか」と「わたし」がふとすれ違い、そこになにがしかよいことが生まれるかもしれない、というささやかな希望を、インターネットに託しもしている。

 孤独な誰かに手を差し伸べうるのは、たとえば血縁関係にある人(『おおかみこどもの雨と雪』)だったり、長い時を共に過ごした師(『バケモノの子』)であったりする必要はなく、ふとすれ違っただれかであってもいいはずなのだし、そういうすれ違いの場所として、街角やインターネットはあるはずなのだと『竜とそばかすの姫』は歌う。脚本上の瑕疵や、時たま流れる散漫な時間という欠点を超えてなお、この作品になにかを賭けたいと感じるのは、そうしたありきたりな希望を切実に語ってみせているからだ。

 彼女の歌は、決して「歌姫」の歌として世界にあまねく響く必要はなかったはずだ。仮想空間の歌姫というガジェットが要請されたのは、商業上の理由でマスに広く訴えかけるはったりをかますためなのでは、と邪推する。あるいは、細田守という固有名を背負って作品を世に問うということの負荷が、彼女に託されたのかもしれない。しかし、この『竜とそばかすの姫』のヒロインの歌声は、もっとミニマルに、ささやかな調子で、私たちに届く途もあったのではないかとわたくしは空想するのである。

 ささやき声で、顔も名前も知らない、しかしそこにいる「あなた」に向けて、彼女は歌う。その歌が響くのは、いまや実現しなかった、わたくしも知らない、誰も知らないささやかな冒険のなかにおいてであるはずで、あるいは細田守という作家が、また別の機会に、そうしたささやかな詩とメロディとを紡ぐ機会があらんことを、わたくしは強く願う。

 

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【作品情報】
‣2021年/日本

‣監督・原作・脚本:細田守

‣現実世界キャラクターデザイン・作画監督 - 青山浩行
‣〈U〉作画監督・CG作画監督 - 山下高明
‣竜デザイン・CGキャラクターデザイン - 秋屋蜻一
‣CGキャラクターデザイン - Jin Kim
‣CGディレクター - 堀部亮、下澤洋平
美術監督 - 池信孝

‣出演