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アティテュードとしての階級闘争——白井聡『武器としての「資本論」』感想

武器としての「資本論」

 白井聡『武器としての「資本論」』を読んだので感想。

 本書はカール・マルクスの主著である『資本論』の入門書であり、かつそれがいかにアクチュアルな書物であるかを説く。原典を引用して、『資本論』の重要概念を解説する一方で、単に「古典の解説」に終始しているわけではない。所謂新自由主義的な思潮が幅を利かせる現代における、我々の苦しみ、生きづらさ。それを説明するロジックは、すでに『資本論』のなかに書き込まれているのだと説く。

 白井は『永続敗戦論』で広く知られるようになった論客だと認識しているが、わたくしは同著をあんまり評価していない。戦後という時空間を、「永続敗戦」という論理であまりにたやすく「すべて説明している」感じがするからだ。そこではあまりに雑駁に細部の綾が切り捨てられているように感じられ、たしかに「わかりやすい」がそれは過度な単純化だろう、という感じをもった。

 この『武器としての「資本論」』もまた、資本制社会を「すべて説明」しようとする強い意志に満ちているが、しかし『永続敗戦論』のような過度な単純化という印象はない。それは『資本論』という武器が、あらかじめ「すべてを説明する」ためのロジックとして構想され、そして洗練されていったものだからだろう。武器としての「資本論」の鋭さを、本書は明確に示しえていると思う。

 マルクスがその思想を練り上げた19世紀社会の状況から、「本源的蓄積」などの概念を簡潔に解説し、そして新自由主義に対抗する手段として、我々にとっての階級闘争の在り方が提起される。我々の「生き方」にかかわる本という意味で、本書を自己啓発本的なものとして読んでもいいだろう、と思う。それは本書へのくさしではなく、極めて誠実に書かれた自己啓発本だと思う。

 もはや労働者階級による革命などがリアリティを失ったいま、我々にできる階級闘争は、「うまいメシを食う」ことにこだわるような、そうした感性の再建という次元での闘争になるだろう、と白井は説く。

人間という存在にそもそもどのくらいの価値を認めているのか。そこが労働力の価値の最初のラインなのです。そのとき、「私はスキルがないから、価値が低いです」と自分から言ってしまったら、もうおしまいです。それはネオリべラリズムの価値観に侵され、魂までもが資本に包摂された状態です。そうではなく、「自分にはうまいものを食う権利があるんだ」と言わなければいけない。人間としての権利を主張しなければならない。
 階級闘争なんて大層なことを言ったわりには、 『うまいものを食え』というのが結論か」ということで、少々肩すかしと感じられるかもしれません。しかしこれは真面目な話です。資本の側の包摂の攻勢に対して何も反撃しなければ、人間の基礎価値はどんどん下がってしまう。ネオリべラリズムが世界を席巻した過去数十年で進行したのは、まさにそれでした。人間の基礎的価値を切り下げ、資本に奉仕する能力によって人の価値を決めていく。そして「スキルがないんだから、君の賃金はこれだけね。これで価値どおりの等価交換ということで、文句ありませんね」と追る。
 それに立ち向かうには、人間の基礎価値を信じることです。「私たちはもっと贅沢を享受していいのだ」と確信することです。贅沢を享受する主体になる。つまり豊かさを得る。私たちは本当は、誰もがその資格を持っているのです。しかし、ネオリベラリズムによって包摂され、それに慣らされている主体は、そのことを忘れてしまう。*1

 各人の感性というアリーナで戦われる階級闘争を、我々は自覚的に戦わねばならない。一方で、これを「ていねいな生活」のように要約してしまうと、それは資本制社会と極めて親近性のあるものとも感じられてしまう。

 たとえばブライアン・サイモン『お望みなのはコーヒーですか?』は、スターバックスは「スタバの商品を飲み食いすることが素敵で社会にとってもよいことだ」とブランディングしているが、それははっきりいって欺瞞に過ぎないのだと喝破している。

amberfeb.hatenablog.com

 だから白井の議論は資本制社会の前では無力である、といいたいわけではない。むしろ、「よい生活」を希求する欲望こそが資本制社会の包摂のターゲットになりうるがゆえに、そこが階級闘争のアリーナになりうるのだ、ということなのだろう。我々はそれぞれにアティテュードとしての階級闘争を戦う。そのために、先人が読解し鍛えてきたマルクスの思想がある。そのようなアジテーションとして書かれた本書の誠実さを、わたくしは高く買いたい。

 

 そこで、複製芸術時代の消費文化がいかなる意味をもちうるのか、というところをわたくしは興味ありですわね。

 

amberfeb.hatenablog.com

 

 

 

*1:p.279