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着地のもたつき——『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』感想

007/ノー・タイム・トゥ・ダイ (オリジナル・サウンドトラック)

 『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』をみました。以下、感想。

 自身をねらう因縁の男が率いる組織、スペクターを撃退したジェームズ・ボンドは、MI6を去り、愛する女性、マドレーヌ・スワンと旅をしていた。しかし、スペクターはその首魁が牢獄のなかにあってなお、ボンドを狙っていた。イタリアで襲撃され、疑心暗鬼に陥ったボンドは、マドレーヌと別れ、身をひそめる。5年後、彼を再び陰謀渦巻く世界へと呼び戻すのは、マドレーヌの過去とからみついた、恐るべき男の復讐劇だった。

 『007』シリーズ25作目にして、ダニエル・クレイグ・ボンドの5作目は、先行する4作品の記憶を引き出しつつ、ダニエル・クレイグによるボンドを送り出す、節目の作品となった。監督は『IT』のキャリー・ジョージ・フクナガ。『スカイフォール』のロジャー・ディーキンス、『スペクター』のホイテ・ヴァン・ホイテマと、錚々たる撮影監督を起用してきた近年の『007』シリーズだが、今回は『ラ・ラ・ランド』や『ファーストマン』のリヌス・サンドグレンが撮影監督を務めていて、前2作に劣らぬリッチで上品なルックに貫かれている。

 冒頭、ガンバレルシークエンスの直後にレミ・マレックが演じる今回の悪役、リュートシファー・サフィンが登場し、幼いマドレーヌとその母を襲撃するくだりは、軒並みボンドによるアクションから始まっていたクレイグ・ボンドの先行作とは異質で、純白の雪に覆われた美しいロケーションもあいまって、相当な期待を喚起する。が、その高揚感が中盤あたりですっと消えてしまい、後半は明らかに失速して2時間43分の長尺のコントロールに明らかに失敗している。アナ・デ・アルマス演じる新人CIAエージェントとタッグで戦うあたりは、彼女のほとんど場違いなキュートっぷりが炸裂していてかなりよかったんですが...。

 終盤、悪の組織の秘密基地に侵入してからのばたばたした、それでいてテンポの悪い進行ははっきりよくなかった。銃撃戦は軒並み単調で鮮烈な画に欠け、また領空侵犯をめぐるやりとりはしりすぼみで効果的に機能しているようには感じられない。冒頭あれほど強烈な存在感を放ったレミ・マレックも十分な見せ場を与えられない。「秘密基地での最終決戦」みたいな、往年のボンド映画的なクライマックスを、リアリティを保ったまま現代風のアクションに落とし込むことの困難さを非常に強く感じるところ。

 これでダニエル・クレイグのボンドも見納めかと思うと、もうちょっとタイトでスマートな作品であってほしかったとわたくしなどは思うのだけれど(この映画の「泣かせ」はあまりに品がなさすぎるし)、ダニエル・クレイグのボンドは『スカイフォール』という圧倒的な傑作を生みだしてくれたというだけでもうおつりがくるので、それでよいのだと思います。ダニエル・クレイグのボンドがしばしば披露した「着地のもたつき」は、このシリーズの結末をあらかじめその身体で先取りしたものだったのかもしれません。

 『007』というシリーズのまとう古臭さを自覚的に引き受け、そしてそれを強烈に肯定してみせた『スカイフォール』は、シリーズそのものを救済したと思うし、メルクマールとして今後も参照され続けるでしょう。一方で、『スカイフォール』以降、クリストフ・ヴァルツ然り、今作のレミ・マレックしかり、悪役としてハビエル・バルデムの演じたシルヴァと比較されざるを得なくなってしまったことは不幸でもあった。シルヴァという、ほとんど完璧に構築されたジェームズ・ボンドの陰画的キャラクターのあとで、キャラクターを立ち上げねばならない労苦は並大抵ではなかったでしょう。

 そして我々は、誰が次のジェームズ・ボンドを演じるのかという与太話に興じる特権をつかのま得たわけです。わたくしはダニエル・カルーヤにベットしちゃおっと!