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孤独な魂、果て無き旅―—映画『神々の山嶺』感想

神々の山嶺 5 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

 アニメ映画『神々の山嶺』をみました。たいへんよかったです。以下、感想。

 カメラマンとしてエヴェレスト登頂を目指す登山隊に同行していた深町誠は、カトマンズで奇妙な日本人の男と出会う。ただならぬ雰囲気をまとうその男は、かつて名を馳せ、いまは行方知れずになった孤高の登山家、羽生丈二だった。羽生はいま、ネパールでなにを目指しているのか。深町誠は、羽生の人生をたどって過去の人物を訪ね歩き、その胸中に迫ろうとする。

 夢枕獏の小説を原作とした谷口ジローの漫画が、フランスのスタジオによってアニメ映画化。谷口がフランスで極めて高く評価され、芸術祭で栄誉を得ていることは知ってはいたが、こうして実際に極めて優れたアダプテーションがなされた映画を目にすると、マンガというメディア、あるいは谷口ジローという作家の影響力の巨大さに慄く。

 谷口ジローによる漫画が傑作であることは論をまたないが、このアニメ映画版は単にその原作を思考停止してなぞるのではなく、一本の映画にするために大胆な脚色を施していて、その当然の所作がまずはえらい。登場人物や挿話を整理し、スマートな脚色がなされていて、羽生と深町という二人の男のドラマとして過不足なくまとまっている。羽生の挿話も圧縮され取捨選択がなされているが、それでもこの強烈なエゴをむき出しにする男のキャラクターはほとんど損なわれていない。むしろ、原作・漫画版でなされていた心情の説明を排除したことで、その孤独な魂はまた別の陰影を得た、とまで言っていいかもしれない。日本語吹き替えを務めた大塚明夫の演技も、これ以上の適役は存在しないだろうと感じさせる素晴らしさ。とりわけ、吐息やうめき声、切羽詰まって絞り出す声の迫真性は、羽生というキャラクターの魂に血と肉とを与える、見事な仕事であったと思います。

 キャラクターデザインの面では、とりわけ深町や岸涼子などは、アジア人あるいは日本人であることを強調するような翻案がなされている印象を受ける——具体的に最も目につくのは、キャラクターの目が谷口の漫画と比べてあからさまに小さくなっていること——が、それが谷口のキャラクターのいかつさをややマイルドにしている感じもあり、画面の印象をやわらかくしているという気はする。

 また、画面でいえば昭和後期の都市の賑々しさが、リアリティをもって映し出されてたことに強い驚きを覚えた。新橋の居酒屋など、まるで作り手がそこの常連客だったのではないかと感じさせるくらい、それらしい雰囲気が出ていた。言うまでもなく、その都市の喧騒と対比される、未踏の山地の静寂もまたこの映画の大きな魅力。漫画版の、谷口ジローのおそるべき筆力で描かれた山々に引けを取らない見事な美術は、大スクリーンでみる価値があろうというもの。とりわけ劇場の威力を感じたのは、高所の恐怖の迫真性で、比喩ではなく手に汗握る恐怖感におののきました。

 孤独な魂に突き動かされ、果て無き旅に出る男たち。それがこうしてすぐれたアニメーションになったことを、わたくしたちは祝福すべきでしょう。