宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

歌姫の夢のまぼろし——『ONE PIECE FILM RED』感想

【Amazon.co.jp限定】ONE PIECE FILM RED OriginalSoundTrack(特典:メガジャケ+メーカー特典:A4クリアファイル【イラスト:ウタ】)

 遅ればせながら『ONE PIECE FILM RED』をみました。以下、感想。

 海賊王ゴールド・ロジャーの遺したという財宝「ワンピース」をめぐり、海賊たちが覇を競いあう大海賊時代。並みいる強敵をなぎ倒しその力が全世界にとどろくようになった、モンキー・D・ルフィ率いる麦わらの一味は、ある歌姫のライブを訪れていた。彼女の名はウタ。正体不明、声だけの存在として世界の人びとを魅了してきた彼女は、実はルフィの幼馴染であり、そして、麦わら帽子をルフィに託した海賊、シャンクスの娘だった。幼いころと打って変わってなぜか海賊を忌み嫌い、「新時代」の到来を宣言して麦わら一味らと敵対する彼女の真意とは。

 尾田栄一郎による『週刊少年ジャンプ』連載の超長寿・人気漫画のアニメ映画化15作目。2009年に公開された『ONE PIECE FILM STRONG WORLD』以来、原作者の尾田が強くコミットすることで大きな商業的成功を収めてきたこのシリーズにあって、主人公のあこがれの存在であり、また現時点において原作においても謎の多い、おそらく物語の鍵を握る人物であろう赤髪のシャンクスにスポットをあてて、大きなヒットを狙いにいったな、という感じがする。そして、この文章を書いているいま現在、興行収入は100億円を突破したというのだから、その目論見は見事に成功したといっていいだろう。

 監督は『コードギアス 反逆のルルーシュ』の谷口悟朗。キーキャラクターであるウタの歌唱は「うっせぇわ」のAdo。その楽曲は中田ヤスタカ秦基博など著名なアーティストが提供し、その時々でさまざまな雰囲気でカラオケのように「歌わされている」感ゼロで、自分自身の楽曲としてものにしている力強さを感じ、その歌唱で映画全体を引っ張っている。必ずしも優れているとはいえない脚本を、歌唱の強力さで多少の瑕疵など気にならなくさせるという意味で、昨年公開された細田守監督『竜とそばかすの姫』と似ている、かもしれない。

 麦わらの一味もなかなか大所帯になり、またトラファルガー・ローやコビーなどなどの面々も画面をにぎやかすので、ファンサービスとしてそれらのキャラクターに適当な見せ場を与えなければいけないというタスクは理解できるが、アクションのアイデアがそれほど多彩でもないので、それらにファンサービス以上のおもしろみがあるわけでもないのがつらい。技名を叫んで派手なエフェクトが載る!の繰り返しはキャラクターのファンだったらうれしいのかもしれないが、画としては単調というほかないでしょう.。その意味で、人気キャラクターの五条悟を自在に動かして敵キャラクターをボコボコにするシークエンスを挿入した『呪術廻戦0』はアニメーションの快があってよかったなということを思い出すし、『ONE PIECE STAMPEDE』の序盤の見知ったキャラたちの小競り合いもお祭り感あってよかったなと思い返すと、この『RED』はそこらへんの工夫がやっぱりいまいちだと思う。

 また、やはりというべきか、原作において描写の積み重ねがない(そしてどう考えても今後本編ででかい出番があることは間違いない)赤髪のシャンクスというキャラクターは、こういうお祭り映画で動かすのはほんとうに困難だったろうなと推察する。操られた一般人に殴られて、もちろんダメージは負ってないんだけど、容赦なく反撃するでも、軽くいなして無力化するでもなく、ただ殴られているさまがでかでかと画面に映ったりすると、あからさまな「キャラの動かせてなさ」を感じて興がそがれる。シュールな笑いが生じておもしろいはおもしろいが、そういうシュールギャグをみたくてこの映画をみにきたわけではないのだ。

 単なる歌姫の映画ではパンチが弱いのでに箔をつけようとして既存のキャラクターを絡めたんだろうが、そんなことをしなくてもたぶんこの映画は成立しただろう。兄弟が一人二人突然生えてくる作品世界なんだから、幼馴染の一人や二人どんどん生えてきたらいい。いいんだけどそれは別にシャンクスの娘じゃなくてもいいのだよ。彼女の行動の動機として序盤に語られた、大海賊時代で普通の人びとは虐げられ傷ついていて、だから海賊どもは否定されるべき悪じゃん、という主張は、過去の映画でいえば細田守による『オマツリ男爵と秘密の島』の問いと同様、『ONE PIECE』の作品世界そのものを揺さぶりうるものだったと思う。それが後景に退いてしまったのは、まさにこの巨大な作品世界の風呂敷をこれから畳んでいこうと意気込む原作者の恐れ故だろうか。

 わたくしは『ONE PIECE』のよい読者では全然ないんだけど、それでもこの決して十全にはかたちにならなかった歌姫の夢のまぼろしと、この作品世界がいつか真っ正面から対決しなくちゃならないんじゃない、とおもうのです。

関連

amberfeb.hatenablog.com