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石神井公園、築13年、家賃6万8千円——氷室冴子『海がきこえるII アイがあるから』

海がきこえる〈2〉アイがあるから (徳間文庫)

 氷室冴子海がきこえるII アイがあるから』を読んでいました。以下、感想。

 『海がきこえる』の続編は、東京の大学に進学した杜崎の周辺で錯綜する男女関係が主要なモチーフになる。大学で知り合い、なにかと目をかけてくれる女の先輩が、実は既婚の男性と以前恋仲にあっていまでもそれを引きづっている。一方、武藤里伽子の父の再婚相手は、里伽子となんとか適当な関係をつくろうとしているようなのだが、当の里伽子はわだかまりを解消する気にはなっていないようだった。

 前作の文庫版では宮台真司が解説を書いていて、東京の大学に進学した少年が過去を回想するという形式で高校時代を描く、それによって語りが陰影を帯びることを評価していたように思うが、この続編では基本的に語りが現在形で、その点では前作と比べて平板に感じられる。極端にいえば、前作が古典的なビルドゥングスロマンのような、普遍的な青春小説としての格を備えていたのに対して、こちらは同時代の雰囲気を活写したある種の風俗小説のようにも感じられる。

 本書が刊行されたのは1995年で、小説自体もなんとなくバブル崩壊後の東京を舞台にしているのではないかと推察するのだけど、本書で書かれる大学生活はなんとなくきらびやかで明るい。杜崎くんは両親ともに公務員で、中学から私立で私立大学に通わせてもらって、石神井公園の築13年家賃は6万8千円のアパートに住み、仕送りは13万も(「も」と書くべきでしょう、いまならね)もらっているので、いま眺めると育ちのいいぼっちゃんやなーという感じだから、当時もこれが「大学生活のリアル」とかでは全然ないとは思うんだけど。

 2010年に刊行され、平成初期を舞台にした米澤穂信追想五断章』で書かれる休学中の大学生の姿は、逃げようのない暗さを強く感じさせる。それはバブル崩壊という出来事が失われた10年、20年、30年...のなかで歴史として固定化していったから、という気がする。

 携帯電話以前のコミュニケーションのモードが書き込まれているのはいま読むとおもしろいし、なにより記号的なものからはみ出ていく女性キャラクターたちの生々しさ、とりわけ女性同士が「他者を傷つけることによって自分も傷ついていく」ような抜身の刃物でやりあうようなやりとりをあたりまえのように書いてしまえる巧みさには舌を巻く。前作のいちばんの萌えキャラであった松野が地理的な理由で早々に退場し、大人のおとこたちばっかりでてくるのはやや物足りないのだけど、それはないものねだりというものでしょう。

 

図書館で借りて読んだんですが、文庫版、プレミア価格になっててビビりました。実家の蔵に寝かせてあるやつ、いつか回収したい...。

 

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