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完璧な漫画の完璧な映画——『THE FIRST SLAM DUNK』感想

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 『THE FIRST SLAM DUNK』をみました。今年最後の映画館でこの作品をみられたこと、感謝…という気持ち。以下、感想。

 父を亡くし、また兄も海に釣りに出て帰らなかった。残された少年、宮城リョータは、兄と同じ背番号7番を背負い、バスケットボールに熱中する。沖縄を出て神奈川へ移り、そこで出会った仲間たちとインターハイへ。その2回戦の相手は、高校バスケットボール界にその名をとどろかす絶対王者、山王工業。兄の遺志を心に宿し、少年は最強の敵に挑む。

 井上雄彦による傑作漫画を、井上その人自身が監督・脚本を務めて映画化。原作の最後の試合にして、スポーツ漫画の究極の高みに達したといっていい、湘北対山王戦に焦点をあてつつ、宮城の過去を随所に挿入するという、原作者だからこそ許されるであろう大胆な構成。原作ではその過去がそれほど語られなかった男のバックボーンを彫琢し、この男もまぎれもなく主人公の一人なのだと思い知らされる。

 試合の緩急もまさに自由自在という感じで、前半の攻防をあっという間に描き切ったかと思えば、後半戦は行きつ戻りつする流れをじっくりと映してゆく。こちらはすでに結末を知っているにもかかわらず、試合の中の一つ一つの展開を息もできないほど夢中になってしまう吸引力で提示する。後半開始直後のゾーンプレスの恐るべき圧力、三井から放たれる美しいスリーポイントシュート、勝敗の懸かった土壇場で冷静さをまったく失わない王者の恐ろしさ…それらをわたしたちは当然知っているのだが、そんなことを関係なしに、目の前で起こる出来事に感情をいちいち揺さぶられてしまう。それは疑いなく稀有な経験だろう。

 そしてなによりこの映画が優れているのは、その緩急自在の時間感覚だろう。すさまじいスピード感で好プレーをほんの一瞬しか映さないかと思えば、決定的な瞬間ではひと刹那を引き延ばすことになんの躊躇もない。この時間のコントロールの自在感は、はじめてアニメ映画を監督する作家のそれとは到底信じがたい。あまりにも見事すぎるのだ。宮城リョータの過去のインサートにしても、それによって緊張が緩和されると同時にある文脈がわたしたちにインストールされ、試合に引き戻されたときの没入感をさらにぶちあげる、構成の巧みさ。

 そしてそれらの映画体験を下支えするのは、見事に動くキャラクターの描画だろう。3DCGで制作されるアニメがさほど新奇なものではなくなってからしばらく経つと思うが、このレベルで違和感なく人体を動かしているアニメを、わたくしは寡聞にして知らない。止め絵では作画とさほど変わらなくても、それが動くと作画的なフィクションのなめらかさとは違う、かといって実写ではない、いかにも3DCG的な動きになっていて、それが鑑賞の際のノイズになることがしばしばあったが、この『THE FIRST SLAM DUNK』はまったく違和感なく、高速で運動する身体が立ち現れていて、それがほかのアニメとどうちがってそう感じられるのか適切に説明することばを持たないのだが、とにかく異次元の仕事であることは間違いないと思う。

 『SLAM DUNK』は完璧な漫画である。そして驚くべきことに、『THE FIRST SLAM DUNK』もまた、完璧な漫画にまったく遜色ない、すばらしい映画であった。こんなに喜ばしいこと、ないですよ。

 

 

 

アニメ版『ハイキュー‼』も相当すばらしい出来栄えですけど、まさかまったくちがうアプローチでここまでの映画がでてくるとは、いやマジで半端ではない。

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