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転生の倫理——『お兄ちゃんはおしまい!』感想

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 このところ『お兄ちゃんはおしまい!』をみていました。以下、感想。

 ひきこもりの男性、緒山まひろは、飛び級で大学に進学した天才妹、緒山みはりに薬を盛られ、女の子になってしまう!お兄ちゃんの社会復帰を目指すこの計画によって、まひろの運命は大きく動き出す...のだろうか。

 ねことうふによる漫画を『無職転生』のスタジオバインド制作によりアニメ化。監督はアニメーターとして『STAR DRIVER 輝きのタクト』や『無職転生』にかかわった藤井慎吾。脚本には『SHIROBAKO』、『ツルネ』の横手美智子

 『無職転生』も作画に相当の気合のはいった作品だったが、この『おにまい』もめちゃくちゃリッチ。とりわけ1話、2話では部屋の中に置かれたカメラから撮ったような、窃視感のある構図で空間を映したりするシーンが印象的だが、こうした作画コストの重そうな構図をさらっと出してくるのが心憎い。少女5人のわちゃわちゃとした騒々しさを描くエンディングなどは特に多幸感にあふれている。

 キャラクターは柔らかな線で描かれていてかわいらしいが、まひろの男性的な目線によって眺められるためしばしばセクシャルなものとして対象化される。しかし、まひろが年上の男性が女子中学生・女子高生に性的な目線を向けることのやばさを適度に内面化してくれているため、過剰にセクシャルな展開は禁欲される。禁欲されていなかったらテレビアニメにならんというのはそれはそう。

 それでいてそれほど下品な感じはない(ここではたとえば『おちこぼれフルーツタルト』の圧倒的な下品さのことを想起している)のはやはりリッチな作画とレイアウトの妙...かもしれない。

 ある日突然、自分がまったくちがう存在に変化している...というのは、たとえばフランツ・カフカの『変身』を想起したりもするが、むしろ『無職転生』などの異世界転生ものとの同時代性をより強く感じる。『おにまい』では無論、舞台が異世界に移り変わったりしないが、「いま・ここ」から逃避し実人生のままならなさをつかのま忘れるための手段として、「女性の身体であるわたし」というガジェットが要請されているような気がする。

 一方で、これは『無職転生』もそうだが、「いま・ここ」からの遊離が安楽な生へとかならずしも直結しないことが、ある種の倫理性を担保してもいる。異世界転生ものではしばしば強烈な暴力として表出するそれは、この『おにまい』では女性の身体のままならなさとして立ちあらわれ、まひろと女性の身体とのコンフリクトがしばしば主題化される。その意味で、『おにまい』も『無職転生』と同様、ある種のビルドゥングスロマンなのだ*1

 心休まる気晴らしの手段ではあるのだが、それはそれとしてかすかな倫理のようなものを手放さない。それはわたくしにとっては自己正当化のための免罪符にすぎないのかもしれないが、やはりわたくしがこの作品を素朴に楽しめたのは、そのような作り手を信頼するにたると思えるなにかがあったからなのだと思う。

 

 

 

*1:ここでビルドゥングスロマンという語彙がほとんど無限の拡大解釈がなされていることを許してほしい。はい。