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期待と幻滅────原武史『日吉アカデミア1976』感想

日吉アカデミア一九七六

 原武史『日吉アカデミア1976』を読んだので感想。

 本書は政治学者で鉄道に関する著作も数多い著者が、自身が通った日吉、慶應義塾普通部で過ごした3年間を回顧する自伝的著作。およそ20年前に出た『滝山コミューン1974』の続編的な立ち位置でもある。はっきりいってしまえば、本書は『滝山コミューン1974』ほどの普遍性というか、おもしろさはない。これは本書がつまらないということではなくて、『滝山コミューン1974』が特異的におもしろすぎる上に普遍性に通じる回路みたいなものを宿している、ということなのだけれど…。

 さて、本書には慶応義塾での中等教育や、原自身が経験した同時代の出来事(国鉄のストやロッキード事件慶応義塾の受験不正など)、また旅行の行程などが記載されている。驚いたのが、原が中学入学前の春休みや、中学生のうちから一人で泊まりがけの旅行に出かけていることで、これは原の父親が鉄道趣味に理解があるからとかそういう特殊な事例なのか、それとも都会の中学生はこれくらいなのか、読んでいて気になった。

 わたくしはひなびたところの出身で電車など近所に通っていないから、思い返すと一人で電車に乗って出かけたのは高校2年生のオープンキャンパスで第1志望の大学を見学にでかけたのが初めてのような気がする。子どもだけで電車で出かけたのも、中学卒業後、高校入学直前の春休みに友人と秋葉原にでかけたくらいだ。わたくしの子はこれから日常的に電車に乗って生活していくのだろうが、どのくらいから一人で旅行できるようになるのだろう。少なくとも中学入学前に電車で一人旅というのは妻がかなり抵抗感ある気がするなあ。

 閑話休題。本書の読みどころの一つは、学校内の課題として、自由に問題を設定して自由研究的なことに取り組む「労作展覧会(労作展)」。ここで南武線青梅線横浜線について研究したことが原にとっての研究者人生の原点として回顧され、また自身の力作を社会科教師に十分に評価してもらえなかったことが、慶応義塾の風土への幻滅につながっていくことにもなったという。

 わたくしは鉄道にそれほど魅力を感じることなく生きてきた人間なので、正直、社会科教師の気持ちが結構わかるというか、原渾身の横浜線の研究が、そこで生きられる小宇宙を現前させるような試みだったことは、研究者としてキャリアを積み年も重ねた原の著述を通して語られれば納得はするものの、そうした閉じた小宇宙を緻密化することより、おおざっぱでも大きな絵がみえてくるほうがすぐれた研究じゃないの、とは思ってしまった。

 しかし50年前のことともなるとさまざまな文字通り隔世の感があり、船の科学館に見学に出かけたら定休日だったとか、いまだったら学校にクレームの電話が鳴り止まないのでは。