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芸能、時代、身体────『国宝』感想

【チラシ付き、映画パンフレット】国宝 KOKUHOU 監督 李相日 出演 吉沢亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、森七菜、三浦貴大、見上愛

 『国宝』をみたので感想。

 やくざの親分だった父を抗争で失った少年、立花喜久雄(吉沢亮、少年期は黒川想矢)は、父の縁で知り合いその才を見出した歌舞伎役者、花井半二郎(渡辺謙)に引き取られ、半二郎の実の息子である大垣俊介=花井半弥(横浜流星、少年期は越山敬達)とともに、歌舞伎役者としての芸の稽古に励む。ともに芸の才能を競い合い、苦楽を共にする友人として絆を育む喜久雄=花井東一郎と俊介。しかし、芸の才をこそ愛する半二郎と、流れる血をこそ至上とする歌舞伎界との軋みが、喜久雄の運命を思いもよらぬ方向へと導いていく。

 吉田修一による小説を、これまでも『悪人』『怒り』という吉田作品の映画化をてがけてきた李相日監督が映画化。脚本には細田守監督版『時をかける少女』の奥寺佐渡子。若手ながらNHK大河ドラマで主演を張った『青天を衝け』吉沢亮と『べらぼう』横浜流星のダブル主演で、芸の道に身をささげた男の50年を描く。わたくしは未見なのだが、チェン・カイコー監督『さらば、わが愛/覇王別姫』の影響も濃厚だという。

 公開からおよそひと月が経っているが、上映回数はいまだ多くわたくしがみた回でも結構人が入っていた。3時間という長尺ながら緊張感を保っている優れた映画で、主演二人はじめとする俳優陣の好演も光る、まさに現在の邦画の充実ぶりを象徴するような1本だったと思う。

 わたくしは歌舞伎という芸能にまったく親しんでこなかったのだが、劇中で演じられる歌舞伎の迫真性はすばらしく、歌舞伎役者を本業とするのでない役者がここまでリアリティをもって演じられるのか、ということに驚く。とりわけ吉沢亮は、若手だったころから芸を極め老成した時期に至る結部まで、まさに劇中の段階通りの所作で演じているように思えて、その力の一端を見事に示しているといえるでしょう。

 また、歌舞伎の演目と演者そのもののドラマの重なりも巧妙で、とりわけ二度にわたって演じられる「曽根崎心中」は、足に縋りつく場面が喜久雄(とわたしたち観客)にとってまったくちがう意味をまとって立ち現れる場面は鮮烈。花井半弥一世一代の演技に実質を与えた横浜流星の底力をみた。

 劇中で演じられる血と才能をめぐるドラマも胸をうつが、興味深くみたのが、戦後日本の50年を切り取った映画でありながら、歌舞伎界の外部の存在が極めて希薄なこと。(印象的なのは喜久雄の母と親族が原爆症で亡くなっているくらいか。)これは優れている・劣っているということではなく、歌舞伎という芸能が外部の社会の論理とは隔絶したところでうごめいているということを示しているのだと思うが、そうした時代の空気感のようなものを抜きにして、一人の身体に50年のドラマを背負わせてみせる手つきを賞賛すべきなのでしょう。

 これは同じく古典芸能である落語を主題の一つとした大河ドラマ『いだてん』が、まさに時代に翻弄されるものとしての芸事を描いていたことと対照的。思えば『いだてん』は主演が歌舞伎役者だったが、中村七之助演じる六代目三遊亭圓生が、苦渋と辛酸をなめつくした満州での経験を、これも芸の肥やしになりますよね、と志ん生に語りかけるようにも独り言のようにも響くようなかたちでこぼした言葉が、『国宝』で喜久雄が対峙する運命の救いの先取りにもなっているような気がした。

 しかし、終わってみれば、血の運命に苦しむ二人をあまりにもあざやかに転がしていたようにみえる人間国宝、小野川万菊を演じた田中泯の怪演ぶりよ。

 

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