
『スーパーマン』をみたので感想。すばらしい映画でした!
超人的な力をもつ存在、メタヒューマンと人類が共存する世界。およそ30年前、故郷の星が滅び、地球人の両親によって育てられたクラーク・ケントは、ふだんは新聞記者としてはたらき、時に最強の力をもつスーパーヒーロー、スーパーマンとして悪と戦い人を助けているのだった。東ヨーロッパでの紛争を、アメリカ合衆国政府の意向を忖度することなく事前に防いだことで、世論がスーパーマンへの賛否に割れるなか、スーパーマンを敵視する大富豪、レックス・ルーサーの陰謀は秘密裏に進行していた。
アメリカン・コミックスを代表するスーパーヒーローを主役とした、王道のヒーロー映画。監督は『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』、『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』など、ここ20年来のスーパーヒーロー映画のムーブメントの一翼を担ってきたジェームズ・ガン。ガンはどちらかといえば、スーパーヒーロー映画の非メインストリーム的な部分を担ってその豊かさを保証してきた存在というか、よい意味での軽薄さを信条としているようなところがあると思うのだが、今回はメインストリーム中のメインストリーム、まさに王道ともいえるタイトルを背負い、そして見事にその職責を果たしている。
スーパーマンといえば、2013年公開のザック・スナイダー監督『マン・オブ・スティール』の記憶もまだ(わたくしにとっては)新しいが、ガン版はスナイダー版と見事に対照をなしているように思える。端的にいって、スーパーマンを神話の英雄のごとく描き出したスナイダー版に対して、ガンのスーパーマンはあくまでわたしたちの延長線上にある人間で、だから全体の基調は神話ではなく人間賛歌なのだ。
このあたり、生みの親、育ての親のキャラクターに大きく色が出ていると感じて、ザック・スナイダーのスーパーマンがどちらも高潔なヒーロー然としたたたずまいなのに対して、ガン版は生みの親については結構衝撃的な立ち位置を与え、そして育ての親は、素朴な、どこにでもいる子ども思いの老人というようなキャラクターになっている。このありふれた良心こそが、スーパーマンの善性の根拠ともいえるようなことをこの映画は示唆していて、だからこの映画は、「素朴なよきアメリカ人」を称揚し擁護する映画でもある。
スーパーマンの飛翔やアクションは見事に演出されていて、ある種のエポックだったと言っていい『マン・オブ・スティール』にも引けをとらないが、それ以上に印象的なのは、スーパーマンが市民を助ける場面こそが決定的にかっこよく演出されていること。巨大な敵との戦いの最中でも、スーパーマンは敵の打倒より市民の救助を優先して動くことを徹底的に印象付ける。
独裁者の指揮による侵攻がせまるなか、少年と少女がスーパーマンのシンボルマークを掲げてスーパーマンによびかけるが、このシチュエーションに、現在まさに進行する、ロシアによるウクライナ侵攻、あるいはイスラエルによるパレスチナの虐殺のことを想起しないわけにはいかないだろう。ここに、この映画にとってスーパーマンとは、ヒーローとはなにか、という問いへの答えが端的にあらわれている。
しかもその場面の決着として、スーパーマンではなく、スーパーマンの意志に共鳴するスーパーヒーロー集団、ジャスティス・ギャングが助けに現れることになるのだが、この映画にあってまさにジェームズ・ガン的な軽妙さを象徴する彼らがそうした役割を請け負っていることは、ジェームズ・ガンという作家の心情を象徴しているようにも思える。
スーパーマンの強さと正しさを恐れ、おびえ、ねたんでいるようにみえるレックス・ルーサーの造形も見事で、この悪の強靭さと虚ろさもまた、いま・ここの一端を切り取っているように思えた。すぐれた娯楽作品であり、そしてなにより、人類の希望を謳いあげているこの作品のことが、わたくしはとても好きである。
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