原彬久『戦後史のなかの日本社会党』を読んだので感想。
先日の参院選で、社民党がなんとか政党要件を満たした。おそらく、社民党の候補として出馬したタレント、ラサール石井の影響も少なくなかっただろう。石井は意図してか意図せずしてか、政治史上の人物となったわけだ。
しかし、戦後、55年体制のなかで野党として存在感を放った日本社会党の系譜が、ここまで痩せ衰えていることに改めて驚くのだが、わたくし日本社会党について全然しらないわね、と思って本書、『戦後史のなかの日本社会党』を手に取った。
刊行は2000年で、もう四半世紀前の本なのである程度割り引いて読む必要はあるのかもしれないが、結成直後から、90年代半ばの「社会民主党」への名称変更までを、その内部の主導権争いや海外との関係などにフォーカスして記述していて、学ぶところが多かった。
特に、冷戦期にはアメリカ、ソ連、そして中国に対してどのようなスタンスで臨むか、ということが重要な争点だった、というのは、当時の国際情勢・政治情勢をリアルタイムで経験していないわたくしにとっては蒙を開かれた。特に社会党は反米のスタンスをとり、中華人民共和国に接近して、共同でアメリカを帝国主義的と非難する声明を出したりとか、隔世の感がある。
本書は全体として社会党に対して辛口で、中国との密接な関係を踏まえてなお、それが日中共同宣言や日中平和友好条約に資するところはなかったとし、また議会においても主に党内の意志の不統一、派閥争いなどもあって、安保関係などで役割を果たすことができなかったと評価する。
そうした著者の社会党への評価の低さの理由は終章で明らかにある。それは、「非武装中立」に象徴されるような社会党の理想主義が、「オール・オア・ナッシング」の理想主義だったとし、その理想は現実から完全に乖離していたがために、現実に対して無力のままであったと総括している。しかしながら理想主義がふくみもつ潜勢力までは否定せず、したたかな現実と切り結び「改心」させていくような理想主義の在り方が提起され筆がおかれる。
この理想主義と現実主義との葛藤は、E.H.カーの名著『危機の二十年』なんかを想起させるところでもあるが、単に政治学の領域だけでなく、わたくしたちの日々の実践のなかでも活かせる教訓なのかもしれない。
9月には岩波新書から福永文夫『日本社会党 「戦後革新」とは何だったのか』が出るようで、読み比べてみるとおもしろい、というかこの四半世紀の研究の進展がわかるかも。

