古川隆久『昭和天皇 「理性の君主」の孤独』を読んだので感想。
本書は昭和天皇裕仁の伝記。同著者の『昭和史』(ちくま新書)が目配りが効いていておもしろかったので、こちらも手に取ったのだが期待にたがわぬおもしろさでした。新書版で400頁超の大作だが、それは先行する研究にしっかり目配りしたうえで、周囲の重臣たちの日記などをふんだんに引用しながら記述をすすめているが故で、非常に手堅い、中公新書というレーベルのよさが存分に発揮された一冊なのではないかと思う。
サブタイトルにあるように、本書は昭和天皇裕仁を「理性の君主」と見立て、昭和前期にあって、そのリベラル的な理想が、現実の政治の力学の前に無力化されていくことで、次第に統治者としての気力を失っていった、というのが大きな構図になっている。
わたくしは昭和天皇について、戦中に「一撃講和」論に拘泥したことでいたずらに戦争の被害を増やしたことをもって、あまり高く評価していなかったのだが、本書ではその「一撃講和」論への傾倒は触れつつも、あくまで中国に対しては融和的であり、日米開戦を避けようとし、開戦後は終戦の道を初期から探っていたことなどを丹念に跡付けており、わたくしの見方がかなり一面的だったことを思い知らされた。
本書の要約はまさに結部にあるので引用しよう。
全体として、昭和天皇は、儒教的な徳治主義と、生物学の進化論や、吉野作造や美濃部達吉らの主張に代表されるデモクラシーの思潮といった西欧的な普遍主義的傾向の諸思想を基盤として、第一次世界大戦後の西欧諸国、すなわち、政党政治と協調外交を国是とする民主的な立憲君主国を理想としつつ、崩御にいたるまで天皇としての職務を行ったことが浮き彫りになった。
唯一の例外は1940(昭和15)年夏から1945年7月までの時期である。昭和天皇は、内外の政情や思想状況、側近の顔ぶれがあまりに変化して思想的にすっかり孤立してしまい、自身の政治思想の正当性に自信が持てなくなってしまったのである。*1
『昭和史』を読んだとき、その天皇裕仁への評価が高すぎるという感想をもったのだが、本書を通読して、著者の天皇評に結構説得されてしまうようなところがあった。それはひとえに、関係者たちの残した記録を丹念にたどり、昭和期の政治過程のなかでの天皇の役割を跡付けた、本書の記述の厚みによるものだろう。
しかし、ここまで強烈なプレッシャーにさらされる職務にありながら、天皇裕仁が長寿を全うしたことは、あらためて驚きを禁じ得ない。たとえば第二次世界大戦の英国で立憲君主としてその責を果たしたジョージ6世が還暦にも達せずに亡くなっていることと対照的。
無論ジョージ6世も将来の王たるものとして英才教育を受けたのだろうが、本書が丁寧にたどった、天皇裕仁の思想形成にかかわる教育は、そういうところにも影響するところ大だったのではないかと改めて感じた。
*1:p.387

