山本周五郎『樅ノ木は残った』を読んだので感想。
江戸時代前期。仙台藩では、藩主、伊達綱宗が、放蕩を理由に幕府から逼塞を命じられる。その綱宗を誑かしたとされる4人が突如襲撃、殺害され、不穏な予感が立ち込める。その背後に綱宗の叔父にあたる伊達兵部宗勝による陰謀がうごめくさまを察知した伊達安芸宗重、茂庭周防定元、そして原田甲斐宗輔はそれを阻止しようと結託するが、原田は伊達兵部の懐に飛び込み、幕府の恐るべき意図をつかむことになる。
1954年から56年にかけて連載、58年に単行本として世に出た、山本周五郎の代表作の一つ。1970年放映のNHK大河ドラマの原作でもあるが、いまはそれを視聴するのは困難なようだ。伊達騒動を素材とし、それまで歌舞伎「伽羅先代萩」などで悪役とされてきた原田甲斐を、あえて汚名をかぶって仙台藩を救った忠臣として描いた作品として知られる。
冒頭、いきなり「上意討ち」による暗殺からはじまり、相当サスペンスフルな印象を与えるが、仙台藩のなかでの陰謀渦巻く派閥抗争、間者を潜り込ませての腹の探り合いはジョン・ル・カレのスパイ小説もかくやという読み味。じりじりとした展開が続くが、キャラクターを立たせて引き込んでいく手際は山本周五郎という作家の強烈な腕力を感じさせる。
主役である原田甲斐は穏やかで誰にでも好意をもたれる好感だが、一方で他者と深く交感することを忌避するような、どこか虚無的なものを抱えている感じもし、深い陰影をもった人物として描かれる。誰にも心のうちを明かすことを許されないまま、仙台藩取り潰しを回避するために伊達兵部に接近し、そのため深い信頼を寄せていた友人らに軽蔑されることになり、その友人たちが時に凄惨な最期を迎えていく展開は胸に迫るものがある。それでも意志を貫徹する甲斐は、まさしく強者だろう。
一方で、陰謀に巻き込まれたことで人生が脅かされ、思わぬ人生を歩むことになる新八は、原田と対照的な、弱い人間として物語のなかに現れる。この新八とその保護者、おみやにかかわる出来事が、サブプロット的に配されていて、この隘路に追い込まれた人間が晒してしまう弱さは、この小説の読みどころの一つだろうと思う。
この小説は、そうした生の苦痛と、しかしそれでも生きていかねばならないという決意を通奏低音にしている。
「どんなばあいでも、生きることは、死ぬことより楽ではない、まして、いまのおまえは死ぬほうが望ましいだろう、しかし、達弥、おれはおまえに生きていてもらわなければならぬ、単に生きているだけでなく、死ぬよりも困難な、苦しい勤めを受持ってもらいたいのだ」
「――意地や面目を立てとおすことはいさましい、人の眼にも壮烈にみえるだろう、しかし、侍の本分というものは堪忍や辛抱の中にある、生きられる限り生きて御奉公をすることだ、これは侍に限らない、およそ人間の生きかたとはそういうものだ、いつの世でも、しんじつ国家を支え護立もりたてているのは、こういう堪忍や辛抱、――人の眼につかず名もあらわれないところに働いている力なのだ」
上に引用した原田甲斐のセリフが、この小説を象徴しているように思われる。これは山本周五郎が手掛けた現代劇『季節のない街』にも共通して響いているかもしれない。


